七話【異形の力】
「ええと……聞きたいことがあるのだけど。あの人が言うイギョウ……シツ?って何?」
僕は彼女の名前を知らないので、とりあえず要件だけ話した。素直な彼女はすぐに話してくれた。
「ああ、異形質ね。簡単に言えば、特殊体質や特殊能力等を引っ括めた性質の総称ね」
特殊……能力?聞いたことのない言葉だった。童話などで出てくる火を噴く竜とか、魔法使いの類に似てるのかな?
疑問が募る中、マキは曖昧な記憶を探りながら話を続けた。
「古来からいでし原初様?だったっけ。そのお方が世に与えた運命の代物だって、お師匠様が言ってたわ」
「厳密に言えば、原初の力の集合体と言った感じなんだけどね」
奥から再び登場した女は、ズカズカとその会話に入り込んできた。結局、理解できないことが多いので、僕に話を聞きに来たという事だ。
全て分かる範囲で答えてしまったので、彼女の質問に満足のいく答えを返すことは出来なかった。
「……となれば、異形質の方に問題がありそうね。貴方、ほんとに自分の異形質について何も知らないの?」
「はい……僕はそんな力貰った覚えもないし、使ったこともありません」
そう答える他なかった。身に覚えがないことに偽りを言ってもしょうがない。
何より、本当のことを言わなければ酷い目に会いそうだと、本能で感じていた。
「……まぁ、事情は大体理解したわ。とりあえずはこの家に居なさい。それくらいは許してあげるから」
「え?いいんですか?」
「……その方が貴方もいいんでしょ?何より、その方が都合がいいしね」
願ってもない提案だった。村は王都の者たちによって崩壊しているだろうし、情報を得るならこの人たちと行動していた方が良さそうだ。
「……その顔、認証したってことね。なら私は一旦用事があるのでさようならね」
女は一息つくと、部屋の片隅にある窓に手をかけた。
しかし、ふと思い出したように「あぁ」と言うと、掛けていた手を離し、女の子の肩に手を乗せた。
「そういえば紹介が遅れたわね。私はエネット=ロウトネス。そっちにいるのが弟子のマキよ。それじゃあね」
エネットはそう言うと、再び窓に手をかけ、そこから森の奥へと消えていってしまった。
「……速いなぁ」
そんな事を呟きながら、先程の自己紹介を思い出した。
”エネット=ロウトネス”聞いたことのある名だった。
確か魔導王という異名を持った、第四十六王都最強の軍師……的な事を父さんから熱弁された思い出がある。
しかし、数年前に大罪をおかし、王国を追われたみたいな話も耳にした事がある。
なのに、それが何故ここにいるのだろうか……。
「お師匠様は大罪なんておかしてないよ。王様に気に入られなかったから濡れ衣を着せられただけ」
マキと呼ばれていた女の子は少し怒ったように言う。
確かに、あんな優しそうな人が罪をおかすなんて、考えられない……。
「……ごめんなさい。少しいいですか?」
「なんですか?」
「……なんで僕の心で思った事が分かったんですか?」
突然発せられた質問に、マキは驚きの表情一つ浮かべていなかった。
「僕がエネットさんについて考えたのは頭の中だったんですが……何故返せたんですか?」
さっき咄嗟に思い出したが、僕は心ではいっぱい喋っているが、現実では気まづくて黙り込んでいた。その方が考えるのに都合がいいというのもあるが、気まづかったのは確かだ。
マキはなるほど と言ったように頷くと、少し笑って答えた。
「……それは私の異形質ですよ。”思考を読み取る”……みたいな感じです」
「思考を……読み取る?」
「は、はい。それでさっきは貴方の心を読んだんですよ。すいませんね、怖がらせてしまったでしょうか?」
サラッと言われたが、聞き手の僕は放心状態に陥るほどの衝撃を受けた。
という事は、エネットとの会話での心の声も聞かれていたのだろうか?
「ええ、全部丸聞こえでしたよ。嘘を着いたら私が分かりまから。でも、貴方は嘘をつかなかった。だからお師匠様も許してくれたんですよ」
身の毛がよだつような冷ややかな声が背筋を凍らせる。あの時、嘘をつかなくて良かった としみじみ思った。
でも、今のマキの質問には一つだけ間違えがあった。
「間違って……?」
「……僕には、貴方みたいな力はないですよ。もし、そんな力があったなら、美音を救えてるはずなんです。僕は、美音を守るために生まれてきた人間なんですから」
自分の心に嘘はつきたくなかった。曲げられない信念、これだけは絶対に譲れない。僕は美音を守る。
そのためなら、この身が朽ちようとどうだっていい。
そう決めたのだから。
*
春風が気持ちいい季節、僕は周辺の木々にもたれながら、彼女のことを考えていた。美音はどうしてるんだろう……と。
気づけば、この家に住んでから五年の歳月が経過していた。この月日が経つまで、王都では色々なことが起こっていた。
エネットの知り合いである”メイ”から聞いた話だと、王は二年前のある日に、齢九歳の美音と結婚したらしい。
”メイ”は結婚相手の少女の容姿があまりにも美音と似ていたので、それを美音と判断したらしい。
その話を聞いた時は、思わず王を殺そうと、単身王都にのりこもうとしたけど、マキがそれを止めてくれた。
さらに、王妃である美音は記憶喪失に陥っているらしい。攫われたショックか何かを引きづっているだろうと考えているけど、実際のことは分からない。
「やっと漕ぎ着けたわ。歌絲、貴方が王宮で働けるようにしてやったんだから、感謝しなさい」
額から汗を垂らしたエネットは誇らしげに言う。
僕と美音の事情を理解してくれたエネットは、王都附属時代に培った人脈を総動員し、僕が王宮で働けるよう仕向けてくれたのである。
それを聞いた時はひたすら感謝した。これで、やっと美音のそばに居ることが出来る。そう思うと、胸の緊張が抑えきれなかった。
「顔の通りがよかっから、案外楽に漕ぎ着けられたわ。恐らく、女王に似ているからかしらね」
エネットは深刻な顔でそういうと、僕に執事服を用意してくれた。黒の執事服は、僕の容姿に非常によく合っていた。
「……なんだか嬉しいです」
「ふふ、初々しい事ね。あまり他の男にその美貌を売らないように……ね」
「え?何か言いましたか?」
「ううん。何も」
エネットの今のことばは聞かなかったことにして、王都へ旅立つ準備を始める。
「うわぁぁぁああん!歌絲さぁーん!」
入口から飛び出してきたマキが、半泣き状態で飛びかかってきた。
「いてて……そんなに泣かなくても大丈夫だよ」
「だって……だって歌絲さんと離れ離れになると思うと……な”びだがどま”らなくで!」
「……はは、そんなに泣かなくてもいいのに」
二度言ってしまうほど、マキの泣き面は壮絶なものだった。
「こら、マキ!そんな今生の別れみたいな事しなくていいから、さっさと立ちなさい」
「うぅ……だって」
一時的とは言え、僕もこの二人と分かれるのは辛いものがあった。
この五年間は、修行や笑い泣いての日々が積み重なって、かけがえのない思い出となっていた。
特にマキとは最初は不仲だったが、徐々に打ち解けていき、今ではこんなに優しくしてくれるまでになっている。
「……これで最後。じゃあ、僕はもう行きます。エネットさん、マキ、今まで育ててくれてありがとうございました」
「そんな今生の別れみたいな挨拶しなくていいから、とっとと行ってきなさい。美音ちゃんを守るんでしょ?こちらからも出来るだけサポートはするわ」
エネットは僕の頭を優しく撫でると、少し寂しそうに笑った。マキは変わらず号泣していたけど、これも美音を救うためだと思い、別れを決意してくれたようだ。
重い荷物を背負い、僕は南雀の森を後にした。手を振る二人の影は、段々と薄くなり、やがて森の霧と共に消えた。
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