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さようなら 新たな終幕  作者: 天天ちゃそ
第二章【ヘヴン編】
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七十七話【機会】

「……ぷッ、ハッハッハっ!最高だね!君はこんな素晴らしい奴をずっと間近で見てきたのかい?」


 森の大樹に佇む一つの影は、欲望に塗れた歌絲(かいと)の姿を見ていた。


 その姿を面白おかしく話す影は、隣にいたもう一人の存在に笑いかける。


「……恐れ入ります」


 大樹の上に佇む一つの人影が姿を現し答える。


 もう一つの人影はあまりいい表情をしていなかった。原因は言わずとも一つだろう。


「なぁに、そんなに怒らなくたっていいだろ?何せ、欲望のためだけにあんな力を得ているのだからね。君は知らなかったのだろう?」


「当然ですよ。こんなにも変な方向に成長してるとは思いもしませんでしたよ!」


「ぶっはっはっはっ!それ傑作だねぇ。あの子にも聞かせてやりたいくらいだよ……でも、本当に不思議な子だ」


 その表情は変わらず明るかったが、冷静さが途切れることはなかった。


 影はただ静かに、その姿を傍観していた。


「……さてと、尾行はここまでにしようか」


「……いいの?私なら気にしなくてもいいのよ?」


「君は単純にこの子達を見てたいだけだろ」


「……そんな事は……」


「分かってるよ。君の性格は僕が一番知ってる。でも、君はもういない存在なんだ。裏から支えるのは大いに結構。だけど、姿を見せちゃいけないし、辿られてもダメだ」


 影に諭された人影は、悔しそうに拳を握った。


「……知っているさ。失うことが君にとって、最も辛い事なんだってね。だけど、これも目的のためなんだ。僕たちは、まだ知られちゃいけない存在なんだ」


「……それは」


 人影が言いかけたと同時に、影は人影の首元に手をやった。


「……君は聞き分けのいい子だと思ってる。だから分かってくれると思ってる……大丈夫だよ。あの子たちはそんなに簡単に負けないさ」


「……」


「そんな顔するなって。僕が悲しくなっちゃうだろ?これもまた、あいつを倒すためなんだ」


 いつの間にか、人影は喋るのをやめていた。


 いや、やめざるを得なかった。


「……全ての物語の全ての始まり。”原初”をね」





 *




「──静かだ。まるで、何もなかったかのように」


 静まり返った空間で、一人呟いた。


 こんな時に何を言っているのかというツッコミはさて置き、またこの感触だ。


 感覚は失われ、生きているのは思考だけ。

 真っ暗で生暖かい。羽毛に覆われているような。


 しかし、前回と違う点で、今回は喋ることができた。原理は分からないが、とりあえず、ここがどこか知る必要がある。


「マキ、聞こえてる?」


 ………


「マストル、いる?」


 ………


 確認のため、知り合いの名前を呼んだが、反応は一切なし。感性会話(ディレクト)ですら、ウンともスンとも言わない。


 そりゃそうか。いくら喋ったところで、こんな所に人がいるわけが無い。前回もそうだったから、今回も同じだろう。


 というか、そもそも僕はなぜこの空間にいるのだろうか。

 思い出そうとしても、記憶が曖昧すぎて頭がついていけない。


「えーと、マキがマストルを殴って、体が木っ端微塵になったけど大丈夫で……それから二人の会話が……うるさく感じたんだっけ……?うーん……」


 ……ダメだ。二人との会話がうるさく感じた所ら辺からの記憶が全くない。


 気を失った間に何かがあった、みたいな事は一度だけあったから動揺はしないが、混乱はする。


 仮にどこかで気絶していたとしても、この空間に何故いるのかという疑問は晴れない。


 前回は考えるのをやめたので、結論”夢”ということにした。しかし、それでは納得がいかない。


 というか、気絶していたという仮定も納得がいかない。会話がうるさく感じたのは走行中での話だったはず。普通走行中に気絶するだろうか?


「うーん……全然分からん」


 思考を巡らせれば巡らせるほど、考えが本題からズレていく気がする。もういっその事考えるのをやめてしまおうか。


 いや、それをしてしまったら前回と同じだ。今回こそは、この謎を解き明かさなければならない。


 そう思い、再び集中しようとしたその時。


『……お前はどこまで行っても変わらないんだな』


 ふと、どこからともなく声が聞こえた。


 必死にその声の元を辿ろうと、存在感を探したが反応はない。生きているものではないというのか?


「……誰かいるんですか?申し訳ないんですが、僕、ここから動けないんですよ。近くに来てくださると有難いんですが……」


 とりあえずコミュニケーションを取ることが大事だ。誰もいないと思っていた空間に誰かがいた。この機を逃す訳には行かない。


『ふん……言われずともそこに行ってやるよ』


「ほ、ほんとうですか?」


『……と言いたところだが、生憎俺もここから動けない』


 なんということだろうか。これでは折角のチャンスが台無しになってしまう。


『ふっ……俺ながら不甲斐ない限りだ。折角お前と会う機会を得たと言うのにな』


 謎の声はそう呟くと、何かを仄めかすように笑った。


 しかしながら、今の言葉は少し引っかかる。”お前と会う機会を得た”とはどういうことだろうか。


 何か、僕と会う必要があったのだろうか。


「あの……僕、何がなんやらよく分からないんですが……」


 疑問が募る中、僕がそう呟くと、謎の声は再度笑って返してきた。


『当然だろ。俺が一方的に話しかけてるんだ。それも、昔のお前にな』


 その返しの意味は分からなかった。一方的?昔のお前?理解不能のワードが多すぎるのだ。


 謎の声は、変わらず僕のことを笑うように意味不明の言葉を連発する。


 まるで、僕の知らない僕を知っている人を相手しているかのような感覚だ。


『……難しいだろうな。お前、今回の歳はいくつだ?』


「……あ、え?今回の……歳?」


 突然聞かれた質問に、即座に返すことはできなかった。この状況で、普通歳を聞くだろうか?


 しかし、謎の声は僕の気持ちなんかお構い無しに同じ質問を繰り返してくる。


「……九歳です」


 結局、訳の分からないまま今生の歳を答えた。偽の年齢を言っても良かったが、なんだか嘘をつく気にはなれなかった。


『ほほぉ……九か……懐かしい年齢だな』


 謎の声はまた笑った。もういい加減笑うのはよして欲しい。


 と言うか、このまま笑われ者で終わる訳にはいかない。この謎の声から、搾り取れるだけの情報を搾り取らなければ、いちいちコミュニケーションをとった意味がなくなる。


「あの、僕からも質問があるのですが……ここがどう言った場所なのか教えて貰えないでしょうか?」


『……そいつァ無理な話だな。俺は、少しでも長くお前の傍にいてやりたい。それが、お前とした約束だからな』


「お前とした……約束?」


 この声と約束?そんなのした覚えはない。


『ああ、九歳ならしたな。覚えてないとは失礼なやつだ』


 謎の声は、また笑った。


「そんな事した覚えはないです。第一、貴方と対話したのはこれが初めてのはずですが?」


『……それはいずれ分かる。その時を迎えたお前は、後悔してたぜ?』


「……後悔?」


 僕が後悔した?それ以前に、”その時”とはどの時だ?もう訳が分からない。


 ひたすら悩んだが、こればかりは諦めものだ。こんなの情報でもなんでもない。


「いい加減にしてください……!僕は真剣なんですよ!」


『……俺も至って真剣だ。それに、俺にはもう時間が無い。ここに居られる時間も、あと少しで終わる』


「……っ!この期に及んでふざけたことを!」


『もういい。俺は満足した。だから、ここからはお前の頑張り次第と言ったところだ。……頑張れよ、アルト』


 そう言い残した謎の声は、唐突に消えた。


「待ってくれよ!僕はまだ何も聞いちゃいないぞ!」


 何も無い空間に、何度もひたすらに怒鳴ったが、その声は、あの謎の声には届かなかった。


 そして、怒鳴り続けている途中、唐突にその時は訪れた。

読んでいただき、ありがとうございます。

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