七十一話【治癒能力】
響き渡る声に驚きはしたが、別に気にする事はない。
というか、ある程度冷静に考えれば推測はつく。
(この声、世界剣の声とは異なる。誰に向けてかは知らないけど、アルトという名称を指しての台詞……つまり)
推測の結果、辿り着いた答えに問いを投げつける。
「ねぇマストル、僕ってそんなに聞き分け悪い?」
「……あ、え?いやぁ……悪くは無いけど……」
(嘘つきの時の顔……間違えない)
先程聞こえた謎の声は、マストルの声で決定だ。しかも、表面上で口にした言葉ではなく、心の中で発した言葉だ。
(……心の声が聞こえた。つまり)
僕は、マストルの心の声を聞き取ったということになる。
「ふっふっふ……」
「なんだよイキナリ……気持ち悪いな」
気持ち悪がれるのも当然だ。と言うより、今到達した事実には、僕が一番驚いている。
心の声を聞き取った?バカ言ってる場合じゃない。こんな時に限ってバカが発動するとは予想外だ。
時と場合すら選べない自分には、少しばかり呆れてしまう。
「……なぁ、走りながら笑うのやめないか?揺れるからこっちが気分悪くなるんだが……」
それはそうだ。なんたって、今マストルがいる場所は僕の背中。僕が笑って振動を起こせば、その振動は小刻みにマストルへと伝わっていく。
「ふっふっ……ごめん」
呼吸と整え、とりあえず謝っておく。
「いやいいんだけどさ?さすがに俺下ろしてもよくないか?距離はもうないだろ」
確かに距離はない。と言うより、もう着きそうだから下ろさなかったという話なのだが。
「別にいいけど、あと五秒もないぞ?」
「はぁ!?それを早く言えって───」
「はい。到着───」
「歌絲さぁぁあああああん!」
「「ゴフッ!」」
マストルの言葉を遮ろうと、到着の合図をしようとした瞬間。僕たちを超える速度で何かがみぞおちに突っ込んできた。
その勢いにより僕たちは吹っ飛ばされる。後ろに控えていた大樹を5本ほど突き破り、その勢いは静まった。
「う……ぐぇええ……」
ぶつかった場所が焼けるように痛い。絶対骨は逝ってる。それどころか、心臓も逝かれてる気がしなくもない。
「……痛い……し……ぬ」
「歌絲さぁん!大丈夫ッスか!?」
「あぁ……マキか……大丈夫…だよ」
「大丈夫じゃないッスよ!」
分かっているのならば言わなくてもいいのに、と思いつつ吐血する。この重体では、意識が持つ状態が数秒続くかすら怪しい。
「マキ……今ぶつかって…きたの……誰?」
「……」
「あ……そうか」
この沈黙、間違えない。先程ぶつかってきた何かの正体はマキだ。
都合の悪いことになると、すぐ黙り込む癖も変わっていない。
「ごめんなさいッス……少し気が早っちゃったみたいッス」
「あぁ……大丈夫だよ。気落ちすることはない……」
今にも閉じてしまいそうな瞼を必死で起こす。死の間際にして、ここまで踏みとどまれるとは自分でも予想外だ。
「本当にごめんなさいッス……でも安心してくださいッス。その傷は私が治すッス」
「……気持ちは有難いけど、この傷は簡単に治るものじゃない……僕も…もう……」
「大丈夫ッス。世界剣さんがこれを治せるって言ってますから」
(世界剣が……?)
世界剣といえば、圧倒的な力で玄武型を全滅させたあの最強さんだ。
その剣が剣の状態でも言葉を発するのか?という疑問はさて置き、治癒能力も備えているというのだ。本剣が言うなら疑いはしないが、少しばかり驚いている。
「ほんとう……なの?」
「はい……ていうかもう治ってますし」
「……う?え……あ、ホントだ」
瀕死の重体はいつの間にか消えていた。というより、先程からなかったかのような感触へと変化していた。
「はぁ……良かったぁ。これで殺してしまってたら、私も死ぬしかなかったッス」
「いや別にマキが死ぬことはないよ……というか、これどうやったの?」
「私にも分からないッス。全部世界剣さんに任せましたから……」
───告、先の獣の死骸を基とし、世界剣自身の系列神化を行いました───
淡々と告げる言葉から察するに、この治癒能力も”系列神化”によるものなのだろう。
(神化ってことは……ドウイウコト?)
系列神化については考えても分からなかったので、考えるのはやめておいた。というより、触れていい問題ではないのだろう。
(まぁ……死ぬよりマシだし……感謝はしないとね)
「世界剣さん、ありがとうございます」
───是、これは本剣の力ではなく、主にあたるマキの力です───
それだけ言って、世界剣は喋らなくなった。これも察するに、感謝なら私じゃなくてマキにしろって事なのだろう。
(全く……最後まで隙もない最強さんだね)
世界剣の意に従うのが賢明だと思ったので、とりあえずマキに「ありがとう。マキのおかげで助かったよ」と伝えておいた。
マキは突然顔を赤くすると、その場に倒れてしまった。
「……だ、大丈夫?」
「この世に一寸の未練なし……ッス……」
今の言葉にどんな意味が込められているのかは分からないが、顔は幸せそうなので抱き抱えて帰ることにした。
歩いている途中何か忘れている気がしたが……どうでも良いかとそのまま家を目指した。
(なんだっけ……?前にも同じような事があったような……なかったような……?)
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