六話【喪失】
夜路のシーンだけ三人称です。
窓から覗き込んだ空は黒かった。そこから降り注ぐ大粒の雨は、今年度一番と言っても過言ではないくらい激しかった。
王の間から出る時から、決心は着いていたはずなのに、今更になって心が拒絶する。
「……なんでだ……!灯真を……助けに行かないといけないのに……!」
怯える右手を左手で押え、胸に当てる。
荒い呼吸を落ち着かせ、部屋の片隅にあるスイッチを押す。すると、本棚が左右に開き、中から武器倉庫のようなものが現れる。
「……短剣、煙幕……念の為長剣もか?いや、重くなるから置いていくか……」
入念に武具を拵え、懐へ隠す。
「……貂嘉よ」
「はい、お呼びでしょうか」
静かに虚空に向かって呟くと、メイド服を着た女性が何も無い空間から姿を現す。
「貂嘉よ。私が言いたいことは……解るな?」
「はい。先程の話から察するに、承知しております」
聞かれていたのか。まぁ説明の手間が省けたのならいいか。
「……もし、私が戻って来なかった場合、王には何らか理由をつけて誤魔化してくれ。自殺でもなんでもいい。この国から私の名を消せ」
貂嘉は一瞬驚いた顔をしたが、私の顔を見て察してくれたらしい。
「……了解致しました」
「くれぐれも内密にな……最後かもしれないから言っとく」
本当にあの場所で、まだ灯真が戦っているのなら、私は最期までアイツと戦う。
「……今までご苦労だったな。もし私が帰って来たなら、それでも私の配下として従ってくれるか?」
例え、死んだとしても、だ。
「……」
貂嘉はしばらく無表情だったが、少しすると目元を擦りながら、泣きじゃくったような声で言った。
「……はい、いつまでも貴方の配下としてお待ちしております」
その言葉を聞いた私は、貂嘉に一礼し、すぐに王都を飛び出した。
「……激しいな。これでは足取りも上手くいかない」
正直心配だ。あの化物に太刀打ちできる者は、この世に存在するのだろうか?
そんな疑問が先程から頭をチラつく。
「……いや、灯真なら大丈夫だ。アイツが簡単に殺られる訳がない……」
それはない と心に言い聞かせた。
助けに行く私が信じなくて、誰が信じるというのだ。
そう言い聞かせ、異形質を全力で解放する。解放したその速度は降り注ぐ雨すら止まっているように見えた。
「これ以上……失って堪るものか!」
まだ間に合う。まだ助けられる。私はそう思ってここまで走ってきた。
でも、実際に来て、見た光景は一番見たくなかったもので、一番予想が着いていたものだった。
「うわあああああああああああああああああああああああああああぁぁぁ!!!」
その場に膝をつき、冷たくなった友の死体を抱きながら泣いた。
滴る雫が一粒、また一粒と体に零れ落ちる度、昔の記憶が蘇ってくる。
『人間モドキが!』『バケモノ!』
『この町から消え失せろ!』『お前なんか死んじまえ!』『気持ちわりぃんだよ!』
日々罵声を浴びせられ、常に人間外のものとして扱われてきた過去。
異形質という、世界の頂点が分け与えた力が齎したのは祝福なんかじゃなかった。
『なんで……俺ばっかりがこんな目に……合わなきゃいけないんだ……!』
路地裏のゴミ箱の横で、毎日すすり泣いていた。こうでもしなければ、当時の私はいじめっ子たちに殺されてしまうから。
そんな毎日を過ごしていた時、同じ運命を背負った灯真に出会った。
『お前……俺と同じ人間なのか……?』
私よりボロボロで、体の部位も一部失われていた、人間の子供とは程遠い姿をしていた彼は、私の唯一の友達だった。
灯真は私のことを、普通の人間と呼んでくれた人だった。
同情なんかじゃない。望んでもいない力を持ってこの世に生まれてしまったという、皮肉にも残酷な運命を背負っている。
同じ因果に囚われた二人だからこそ理解できたのかもしれない。
「やっと……やっと認められてきたのに……私との約束はどうするんだ……!」
あの時した約束。
『俺とお前で、こんな力を持ってる人でも、自由に楽しく生きられる世界を創ろうぜ!』
嬉しかった。理想だと、幻想だと分かっていたとしても、ただその一言に救われた。
だけど、その約束は果たされる希望を失ったんだ。
目の前に横たわる灯真の心の臓は止まっていた。四肢はもがれ、両の目も抉られていた。胸の中心部に突き刺さった短剣は、胴を貫いている。
……完璧なまでのオーバーキルだ。
「……バカなやつだよな。私なんか庇って死ぬなんて……」
落ち着きを取り戻し、垂れてくる水滴を払い、冷静さを取り戻す。
私まで冷静さを失ってどうするんだ。この命は灯真に託された結晶なんだ。
「……あの子供を殺さなきゃ」
ふと、心の中で思いに憎悪の念が灯る。
慌てて周囲を見渡したが、いつの間にか子供の姿は消え、その周辺には自分が先程使用した煙玉の破片が転がっていた。
「……灯真を殺した上に逃亡か……随分と都合のいい子供だ」
許せない。こんなに惨い殺し方をして、自分は助かろうとしているのか?
もうどうなってもいい。あの子供を殺すためには手段は選ばない。
「絶対に殺す……!この命に変えても!!」
そう決意し、重い体を起こし、友の死体を抱き抱え王都へと向かった。
その後行われた灯真の葬儀は、王宮内の特別な葬儀室で行われた。
王都部隊約300万の兵が城の外まで参列するほどの大規模な葬儀は一日を掛けた静かなものだった。
最後の炎が灯火を消したその瞬間、周りから良き上司として尊敬されていた唯一の友は、その業火と共にこの世を去った。
*
ここは一体どこなんだ………
暗くてよく見えない。それなのにやけに暖かい。どこからか声も聞こえてくる。
誰かが話している。見たこともない宝石みたいなのが着いている服を着ている。恐らく貴族とかの類の人だろう。
『運命というのは残酷なものだ。まさかあの女王ですら、囚われの身となるのか』
『我々の大臣としての暮らしも終焉か……。女王があのような失態をおかさなければこんなことには………』
女王?誰のことだ?近隣の王都を統べているのは男だと、父さんが言っていた。それは今も変わらないはずだが………
また風景が写り変わる。石造りの牢の中で一人の女の子が座っているのが見えた。初めて見る人だけど、なんだか見覚えのある姿だった。
『寂しい……妾は結局、独りなのね。誰も妾を理解してくれない………』
悲痛な声でそう呟いていた。大丈夫?と声を掛けても、その声は届かず、闇の中に消える。少女は顔を覆い隠し、うずくまった。
また風景が変わる。今度は雨の日だった。
先程見た少女が、ギロチンの前に立っているのが見えた。ギロチンは父さんが仕事で扱っていたので見覚えはあったが、これは人を殺す悪魔の発明だと、父さんが言っていた。
何故あの子がその前に立っているのか、全く理解できなかった。
少女はギロチンの柱の間にうつ伏せになった。その表情は既に生気を失っていた。何もかもを捨て去ったような、とてもあの歳の女の子がする顔ではなかった。
次の瞬間、ギロチンの紐が断ち切られると、勢いよくその刃が少女目掛けて落ちた。
その瞬間、映像は途絶えた
*
「──あら?目を覚ましたようね」
一人の女が口を開く。
「貴方、なんであんなところに倒れてたのよ?ここら辺じゃ珍しいじゃない」
僕は美音を連れ去られたと分かった瞬間から意識がない。そうだ!美音は!?と女に問いかけた。
「美音……?知らない子ね。…………何か訳がありそうね」
女は深深と考えている様子だった。だが、そんなことどうでもいい。早く美音を探さなければ、王都の奴らに連れ去られてしまう。
「んぐ……ちぃっ、なんで動かないんだ!」
必死に体を動かしたが、何故か動かない。
「無駄よ。貴方、異形質を使いすぎたんでしょ?そんな血塗れの姿で……それも近くに灯真の姿があったし、なんか関係あるでしょ」
灯真?誰のことかさっぱり分からない。
僕は普通の貧民街に生まれ、孤児として妹と過ごしていただけの珍しくもない子供だ。
「……すいません。僕、何が何だか分からないくて……」
率直な気持ちを答えるしか無かった。
「……まじで何も知らないのね。心まで読んだのに損したわ……」
呆れ顔で言う女性は、何故かイライラしている様子だった。
「……あのねぇ?私も慈善事業屋じゃないの。知ってる情報吐いてくれないと、こっちも助けた甲斐がないのよ!」
「まぁまぁお師匠様、そうカッカせずとも……。相手は子供ですよ?」
女性が声を荒らげた瞬間、部屋の扉が開き、そこから一人の女の子が出てきた。
「うるさいわねぇ。人の話に首突っ込んでくるんじゃないわよ。マキ、さっきのこと、忘れた訳じゃないでしょうね?」
「ギクッ……」
部屋の奥から出てきた女の子は、僕と同じくらいの歳の少女だった。背丈は小さく、活発で元気そうな子。なんだか美音に似ているな と思ってしまった。
「……まぁとりあえず、落ち着いたようでよかったわ。少し、状況を話して貰えると助かるんだけど」
僕は女の問いに、嘘偽りなく、覚えている範囲で答えた。
少しでも美音に関する情報を得ようと、こちら側からも質問してみたが「知らないわよ。てか、美音って誰?」の一点張りで一蹴されるだけだった。
「……なるほどねぇ。いきなり妹がないくなったから助けに行こうとした。でも、そこから突然意識が途絶えた……と。聞いただけなら、多分それは暗部の仕業ね」
「何か知ってるんですか?」
「まぁ知ってるも何も、元仕事場だし。暗部とは特別関わりがあるんでね」
身に覚えがあるのか、彼女の憶測は妙に詳しかった。見た目はそれほどでもない、ごく一般の服だったが、想像以上に位の高い人なのかもしれない。
「……まぁそんな事はどうでもいいわ。とりあえず、貴方は自分の力についてどのくらい知っているの?」
しかし、この質問だけは答えることができなかった。
適当に返そうと思ったが、何か寒気がしたので「僕にはそんなは力ないです……」とだけ返しておいた。
「……理解に苦しむわね。異形質なしで灯真を下したとでも言うの?いやでも、偶然近くにいただけの可能性もあるし………ああもう!むしゃくしゃするわねぇ!!」
女は何故かイラついていた。さらに声を荒らげた女は、首を傾げながら奥の部屋へ戻って行ってしまった。
「……すみませんね、うちの師匠が。ああ見えても、一時期は王国の中でトップと呼ばれた魔導王だったんですよ。それに、意外と優しい面もあるし、許してやっけくれませんかね」
先程から横にたっていた女の子が申し訳なさそうに言う。
「いえいえ、こちらこそ助けて貰って助かりました」
「いいんですよ、困ってる時はお互い様ですからね。お師匠様がいない間、質問は私が引き受けますので、気になる事はありませんか?」
なんと優しいのだろう。助けて貰った挙句、こんな優しく親切な言葉まで掛けれくれるなんて。
ここはその言葉に甘えた方が良いのか悪いのか迷ったが、一つ気になっていることがあった。
「……一つお聞きしたいことがあるんですけど……」
読んでいただき、ありがとうございます。
次の話で色々と明かされていくので、次回も見ていってください。評価やコメントがモチベに繋がるので、良ければそれらもよろしくお願いいたします。