六十八話【疲れた】
「さすが姉御だよなぁ」
何も理解出来ていないような顔のマストルは、棒読みでそう呟く。こちらの思考は完全停止しているようだ。
しかし、思考停止に陥るのもわからなくはない。マストルが単純に馬鹿というのもあるが、目の前にある事実は説明がつかない。それだけでも、思考停止の理由には十分だ。
(でも、この破片たちどうするんだろう)
「是、対象の破片は、系列神化の贄として吸収します」
僕の心を読んだ世界剣は、淡々とした口調で返してくる。これは確か、マキの元々の異形質だったはず。
(元来の能力も行使できるのか……便利な剣……)
今更驚くことはないが、考えが及ばないのは依然として変わらない。もう、僕も考えるのをやめてしまおうと思ったほどだ。
「告。状態維持の限界が近いと予測。直ちに吸収を行います」
そう言うと、下ろしていた手を、粉々になった破片へと向ける。向けた直後、バラバラに散らばっていた約八十万分の破片は、全てその手へと吸い込まれて行った。
原理は不明だ。というか、あの行為に原理なんてあるのだろうか。とりあえず、完全不明で完結させておこう。
(ダメだ……考えてたら、こっちの頭がやられる)
結局、考えるのはやめた。
「……全死体破片の吸収に成功しました。続けて、任務完了を確認いたしました。直ちに、全能託生状態の解除に取り掛かります」
(あ、やっと終わった……)
その場で呆然と見ていること約五分。転がっていた全異形獣の破片は綺麗に回収された。
(……疲れた)
見疲れというのもあるが、いろんな意味で疲れた。もう、驚くのは勘弁だ。
胸に手を当てた世界剣は、ゆっくりと目を閉じた。解除にも、何かしら時間を要するのだろうか。やはり、エネットの剣とは少し機能に差があるのだろう。
しかし、解除にそこまで時間はかからなかった。むしろ、吸収の時間と比べれば早すぎるくらいだ。
「ふぅ……ンンン?戻って……きたんスかね?」
「……おかえり。体、大丈夫?」
「あぁ歌絲さん、見てましたよ。世界剣、やっぱり強いッスね。私も想像以上でしたよ」
「はは……ほんとにその通りだよ……」
表面では苦笑を浮かべているが、心の中では泣きそうなくらい驚いている。
僕からすれば、想像以上、なんてヤワな言葉で表せない程の衝撃だった。しかし、マキからすれば、そうでも無いようだ。基礎的な感覚から、差があるのだろう。
(僕が居ない三ヶ月……何があったんだろうか……)
その中身が相当気になる。こんな事になるなら、もう少し力を蓄えてから王宮入りすればよかったな、と後悔した。
「それより歌絲さん。そろそろ結界が修復されるッス。急がないと……」
「あぁ分かった。先に行っててくれ。マストルを起こしてくるから」
「分かったッス」
置いていく訳にも行かないので、面倒くさいが起こさなければならない。しかし、ああなったマストルを引き戻すのは大変だ。
「マストル、早く行くよ。置いてくよ?」
「………」
(……ウザイ……)
はにわにも似たそのアホズラは、見ていてイライラする。一体、どれだけの情報量を頭に入れていたら、こんな状態に陥れるのか不思議になってくる。
「しょうがない……持っていくか」
これ以上は、精神的に耐えられないので、直に持っていくことにした。体重は僕より重いが、異形質を使えば問題はない。
(こんな奴に使うのも癪だけど……一応友達だしね)
我ながら残酷なことを言うものだ、と自嘲したが、助けてるんだからいいだろう。
「歌絲さん!歌絲さん!大丈夫ッスか!?」
「ん?マキか?」
「そうッス!今、感性会話繋いだんスけど、マストルさんは大丈夫ッスか?」
「あぁ……まぁ問題はないよ」
「なら良かったッス。それより、結界の修復が思ったより早いッス!全力で来ないと間に合わないッスよ!」
なんて事だろうか。ここで間に合わなかったら、ここで一生を過ごすことになる。
つまり、バットエンド確定だ。
「分かった。マキはもう脱出したんだよね?」
「はい。結界のすぐ側にいますから、異形獣の事は気にしないでいいッスよ」
「ありがとう。もう切ってくれて構わないよ」
「分かったッス……絶対、無事に帰って来てくださいよ」
そこで、マキの声は途切れた。わざわざ感性会話を使ってきたということは、本当の非常事態だということだ。
(現在位置から、マキの通った気配を探って……距離は大体300km……四分くらいか?)
道は聞いていないが、存在感を辿ればわかる。マキの存在感は特に濃いので、走りながらでも感知は余裕だろう。
異形質は微妙に回復していないが、300km走る程度なら何とかならなくもない。
(マストルの体重分も数えて、出力は中々……よし)
発動の意を示す。黒い紋章は、いつも通り僕の足を包み込む。もう慣れた光景だ。
(よーい……どんっ!)
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