六十七話【全能託生状態】
機械音がそう告げると、手元にあった白光する結晶玉が、マキへと吸収されていく。
吸収するまでに、そこまでに時間はかからなかった。しかし、その姿を目視していると、体が怖ばって動かなかった。
いや、怖ばっていたと言うより、美しすぎて見蕩れていたの方が正しいのだろう。
「……告。全能託生状態への適合に成功。直ちに目的を遂行します」
振り返ったマキの瞳は、以前の少し薄い紅色から、光沢を失った真紅へと染まっていた。
その人間味のない素振りは、先程聞こえた世界剣の声から感じたものに似ていた。
「え、えっと……世界剣さんで合ってますか?」
行動が一段落着いたところで、一度声を掛けてみた。マキの自我は残っているのか、人格まで全て変わっているのかなど、色々と疑問が芽生えたからだ。
「……解、世界剣に名称表現は存在しません。主から命を優先します」
「あ、はい。なんか……すいません」
世界剣は、無愛想に返答すると、すぐに異形獣の元へと体を向けた。
「……分析完了。対象個体の生命反応を感知。個体数は、約八十万と推定」
「は、八十万……!」
サラッと言ったが、そういうのは、知っていても口にすることでない。
(それをあんな軽々と……本当に倒せるのか?)
今の発言により、世界剣への疑問は余計に深まることになった。しかし、それを発言するということは、倒せるアテがあるのだろう。
「マストル……ここが見所だよ。身構えていた方がいいかも」
「お、おう、そうだな」
固唾をのみ、その様子をじっくりと伺う。一瞬たりとも、見逃すことは許されない。
「実行要請……承認されました。これより、殲滅を開始します──」
機械音が、再び脳裏を通り越したその時、マキの影が、少し動いたように見えた。
バキッ……バギバギバギバギバギ
それともに、前方、並びに他全方向から、何かが崩れるような音が聞こえた。
その異質とも言える音に、少しだけ悪寒がした。助かったことは事実だが、それ以上に、目の前にある事実に、理解が及ばなかった。
「……嘘だ。だって、さっきは八十万だって……」
目の前に広がっていた異形獣どもの姿は、原型と留めず、辺りに散乱していた。
その最前線に立っていたはずの200m級を誇る玄武型すら、見る影もなく、無惨に散らされていた。
「……何か、悪い夢を見てるのかな?」
そう思うほど、八十万を超える大群の最後は、呆気ないものだった。
刹那?そんな言葉では表せない。見える見えない以前に、何かをしたのかすら、全く分からない。
こちら側の視点からすれば、いつの間にか異形獣どもが、木っ端微塵になっていた、と言った感じなのだ。
速度とか、そう言った問題ではないのだ。
今までにも、自ら以外の存在に対して、速い、と思える場面は幾つか存在した。しかし、認識の領域にすら辿り着けなかった事は、エネットが世界剣を使った時くらいだ。
そう大層あっていい事ではないはず。
(でも……確かにあの時と同じだ。あの剣から感じたものは……)
世界剣がどういうものなのか、僕はまだ理解できない。しかし、マキが言っていた「無敵の剣」の表現の意味は、少しだけ分かった気がする。
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