六十五話【劣勢】
互いに睨み合いが続く状況……という訳でもない。
もっとも、玄武型程度なら、マキが単騎で殲滅可能だからだ。
僕とマストルは、二人の力を合わせれば何とかなる、と言った感じだが、マキだけは格段に力量が違う。圧倒的すらも、表現足らずの言葉となる。
それほど、マキの力というのは強力なのだ。
異形質でもなく、道具を使うでもない、単純な拳での物理攻撃。
(あれを食らって、良くもまぁ無事だったものだ……)
敵ながら、マキの攻撃に耐えた玄武型には、同情と尊敬の思いすら感じられる。200m級は伊達ではないということだ。
「GI……GIGIGEEEEEEEE!!!」
鳴き声もかすれている、相当なダメージが入っているのが見受けられた。手加減してあれとは、年下ながら末恐ろしい。
とは言え、この状態でも、僕単騎では手に負えない。何故なら……
「あー!歌絲さん、この子、眷属生成使う気ですよ!」
「いや、この子って……確かに、あの様子を察するに……だね」
明らかにおかしい呼び方にツッコミを入れたが、そんな事やっている暇はない。
眷属生成とは、異形獣の中でも、階級が比較的高い種族が使用する異形質である。
その概要は、自身以下、もしくは同等の階級の眷属を生成する、と言った感じだ。
エネットの時の玄武型は、千を超える眷属を生成していたが、今回の玄武型はそれどころではなさそうだ。
万単位……数十万かもしれない。考えるだけで、気が遠くなりそうだ。
(事前に阻止するのが賢明か……)
「マキ、マストルと一緒に仕掛けてくれないか?僕は発動に時間がかかりそうだから」
「分かったッス!ところでマストルさん、今の話、ちゃんと聞いてたッスか?」
「勿論です!何なりとご指示を!!」
「聞いてたなら話は早いッスね。じゃあ、一気に行くッスよ!」
「イエッサー!!」
マキもマストルもやる気だ。これなら、ある程度生成されるくらいで済みそうだ。
「よぃぃ……しょっ!」
思い切り踏ん張っていたマキは、力の限りの踏み込みと共に、恐ろしい速度で宙に浮き上がる。踏み込んだ場所は、軽くクレーターができていた。
一方のマストルは……
「うぉー!姉御凄いです!流石です!」
歓喜の表情で、その勇姿を見ていた。やはり馬鹿だ。決定的な弱点と言っていいほど、抜けている部分が明らかすぎる。
そうこう考えているうちに内に、マキは玄武型の頭上へと舞い上がっていた。
頭の丁度真上に来たところで、体の向きを変えたマキは、勢いよく玄武型へと突っ込む。
「これで……どうッスか!!」
繰り出した渾身の一撃が、玄武型の脳天を直撃した───と思われた。
「ギギャビィィィイ……!!」
しかし、マキの一撃を受けたのは、玄武型により生成された、数百体ほどの眷属だった。
「くっ……間に合わなかったッス……!」
渾身の一撃を外したマキは、一度、地上へと足を下ろした。いつもなら、追撃でバンバン殺るはずだが、今はそれをしていない。
「GOOURAAAAAAAAAA!!」
身代わりにより、一命を取り留めた玄武型は、その勢いに乗り、新たな眷属を生成していく。
「あんまり調子に乗るなよ!」
すると、先程まで傍観勢になっていたマストルが、その眷属たちを一気に破壊した。その姿を見るに、万生状態へと成ったようだ。
おそらく、先程まで動いていなかったのは、万生状態に適合するための準備だったのだろう。
「へぇ〜、案外やるじゃないですか。少し、貴方のことを過小評価していたようッスね」
「姉御ほどじゃないですよ〜。でも、そう言うのは、こいつらを倒してからだと有難いですね!」
「……そうッスね。ここからは別行動で殲滅してくッスよ。私が本体と左側を担当するので、マストルさんは、右側の対応をお願いするッス」
「了解致しました!行ってきます!」
マキの司令を得たマストルは、その勢いに乗せて連立する異形獣を次々と倒していく。
それに続いたマキは、それ以上のペースで破壊していく。一発一発打つだけでも、数百の異形獣が木っ端微塵になっていく。
(凄いなぁ……二人とも、僕とは圧倒的に違いすぎる)
マキの実力は承知していたので、何も驚くことは無い。
しかし、マストルの実力は、あの突きを止められたことくらいしか知らない。こんなにも強くなれるなんて、思ってもいなかったのだ。
何だか置いてけぼりをくらった気分だったが、そんな余韻に浸っている余裕はないようだ。
二人の強さの異常性に気づいた玄武型は、想像以上の生成を行っていた。もはや、数万や数十万で測りきれる数ではない。
「少し……数多いッスね」
一時撤退してきたマキが、うんざりした顔で呟く。
「あぁ、さすがにここまで来ると、面倒事で片付けられる問題でもないな」
「この程度始末できないようじゃ、私もまだまだッスね……」
大量の異形獣の勢を前にして、マキは肩を落とした。倒しきれなかった事を落ち込んでいるのだろうか、理想の水準が高いのも相変わらずだ。
「これに関しては仕方ないよ。むしろ、100m級の大群を一人で相手してたんだから。十分凄いことだよ」
「そう言ってくれると嬉しいッス……けど、まだまだ増えそうッス」
見た限りだと、玄武型はまだピンピンしており、生成の余裕も見せている。まだまだ力有り余ってますよ、とアピールしているかのようだ。
手に負えなくなるのも、時間の問題と言ったところだろう。
(早急に倒しておきたかったが、手遅れだな)
「ぐわぁあああああ!」
ドゴーン、という音とともに、ボロボロのマストルが空から飛んできた。
「いてててて……こいつら、強い……!」
「そりゃ100m級がうじゃうじゃいるんだもの。当然だよ」
「お前は見てたんだから言葉で援護くらいしろよ!」
言われてることはもっともだ。しかし、未知に対して無鉄砲に突っ込んでいくのもどうかと思う。
(しっかし、どうしたものか……)
改めて策を考えても、まるで解決策に至らない。
(肉弾戦では確実にこちらが劣勢……しかし、これといった攻撃手段もない……しかも、相手は再生持ち、一撃で大群を木っ端微塵にするのには……)
考えても考えても無駄な気がしてきた。ここは、実際に戦ったマキの意見を聞くのが最適だろう。
「ねぇマキ」
「なんスか?」
「何か、こいつらを一網打尽にできる策とかない?」
聞いてから思ったが、中々無理難題を押し付けたものだ。常に感覚で動くマキに、戦術云々を聞いても、答えはでないだろう。
しかし、マキは間髪入れずに質問に答えた。
「あるにはあるんスよ。でも、”アレ”はあまり……と言うより、一生使いたくはなかったんスよね」
(……アレ?)
アレとは何なのだろうと聞く前に、マキはその正体を口にした。
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