五十九話【幻龍種】
(幻龍種……会うのは久しぶりだね)
この森で、随一の力と能力を誇る、南雀の森内の最強の異形獣。
通称”幻龍種”
幻龍種は、現地点の存在数で南雀の森に三体、北武の森に一体、東龍の森に一体、西虎の森に一体と分かれて生息している。
あと一体の存在は確認されていないが、古書を見る限り、八体しか存在していないことは確かだ。
中でも、その存在数が一番多いこの森では、存在している幻龍種が、全異形獣の支配を行っている。
遭遇したら一巻の終わりだ。この幻龍種には、王国が何個ともほろぼすことができる力がある。
実際に起きた史実にも、その影響力は記録されている。約五百年前、人口数十兆単位を誇っていたある王国は、古来よりいでし一体の幻龍種によって滅びた。
日数にしておよそ2日。王国の全勢力、付近の王国の支援要請もあったが、全て蹴散らされたらしい。
それほどに恐ろしい存在なのだ。
(この見た目は……多分、五幻角……。しかし、まぁ……デカい)
見た通りの感想だ。体長約350mの超王型。幻龍種の中では小さい方ではあるが、その力は他の幻龍種にも劣らない。
「はぁ……デカい。倒すのが面倒だな」
「マストル、言ってる場合じゃないよ。こいつが目の前にいることの大変さ、分かる?」
「知らねぇよ。ただデカいだけの獣だろ?」
ここに来たことがないマストルからすれば、こいつは少し大きい異形獣にしか見えないのだろう。無知とは本当に怖い。
(さて、どう説明したらよいものか……いや、説明する間に死ぬ可能性もある訳だが)
「ヴォォォオォオオオオ」
幻龍種が雄叫びを上げた。という事は、戦闘開始の合図だ。
「マストル、構えた方がいいよ。死にたくなかったらね」
「は、はぁ?」
「いいから!そんなに早死したいの!?」
「いや、そういう事じゃなくて……分かったよ」
突然の事態に混乱しているのか、あまり真面目では無い様子だ。そうとなれば、僕がマストルを引っ張っていかなければならない。
やることは決まっている。と言うより、これ以外有り得ない。
(全力全開で……戦い逃げる!)
元々、戦う気なんてない。勝ち目がないと分かっている勝負はしない。命の無駄だ。
となれば、当然逃げるしかない。
「マストル……ここが正念場だよ」
「……???」
顔にハテナを浮かべるマストルを尻目に、その様子を再確認する。
その刹那、僕たちの頬を、一筋の光が横切った。
瞬間、後方から光が溢れ、それと共に、鼓膜を破るほどの爆発音が響き渡った。
空は割れ、光の直線上には木々のひとつさえ残っていない。
「は、はぇー……」
それを見たマストルの態度は一変していた。顔は真っ青に染まり、いきなり震え出した。
「……だから言っただろ。構えてって」
「いや、構える所の話じゃないよな!?吹っ飛んだぞ!?あの広大な大地が!一瞬で!!」
怒鳴るのも無理はない。マストルの言った事は本当なのだ。先程までいた場所を含めた、後方にあった広大な森は、一瞬にして虚無の地へと変貌した。
何も知らない状態で、こんな化け物と対峙していたのだ。文句の一つも言いたくなる。
(それにしても……あの古書に書いてあった事は、よく当たる)
『五幻角のノヴァは、冷静沈着な異形で、あらゆる事象を破壊する』
『空を裂き、大地を虚と化す。その光に呑まれたもの、生きて帰ること出来ず』
『幻龍種は、死を越した存在。その屍は、悠久の時を生きる』
僕がエネットから借りていた本。古代のある女性が残した、ありとあらゆる過去の情報が詰まっている古書。
僕が、異形獣を知るきっかけにもなった、思い出の本だ。あれに書いていることが本当ならば、僕たちが死ぬ運命にあるのは明確だ。
(だけど……)
危機的状況にあるはずの僕の心は、依然として冷静で、高ぶっていた。死の前にあるというこの状況。全てが輝いて見えた。
「マストル……僕たちは、どうするべきだと思うる?」
「え……いきなりなんだよ」
突発的に思った質問だ。しかし、ただ無駄に言った訳では無い。
「僕たちがここで死ねば、どうなると思う?」
「え、ええと……なんかがヤバくなる」
「………そうだよ。ヤバくなるんだよ」
「……は?」
「ヤバくなるんだ!だからこそ、生きて帰らないといけないんだ!」
心は依然として冷静で、高ぶっている。もう、迷いはない。
「マストル、倒すよ」
「な、な、なにをですかね?」
「決まってるだろ。あいつをだよ」
「え”え”!?」
自分だって、イカれた発言をしている事は分かっている。しかし、この昂りを抑えるためには、こうする必要がある。
(そうだ。全ては、美音を救う為のこと)
そう思うだけで、力が湧いてくる。目的を見失わないためには、丁度いい。
「もう、何も失わない。僕が、全部壊してやる」
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