五十四話【理解不能】
闇に包まれた暗い場所から、声が聞こえる。”二回目”と言っていたが、なんの事だろうか。
(そもそもここはどこなんだ……?僕は、あの後どうなったんだ?)
エネットもどきに脇腹を刺され、瀕死の状態になったことまでは覚えている。しかし、あの後自分がどうなったかが分からないのだ。
それに、今いるこの場所はやけに暖かく、安心出来る気がする。
さらに、昔にもこんな感覚を味わった覚えがある。
(何だか、懐かしい……なぁ。でも何でだろう、全然痛みもないし、不快感もない)
先程まで脇腹を貫通されていたので、痛覚がないことの有難みを感じる。あのままいっていたら、その激痛に耐えかねて絶命していてもおかしくなかっただろう。
それほど痛かったのだ。
しかし、この状況下においては、あまり気にすることでもなかった。
(とりあえず……ここがどこか確認しないとな。よいっしょ……?)
謎が深まるこの場を把握するため、腕に力を入れ、立ち上がろうとした。しかし───
(あ、あれ?何だ?体に力が……入らない?と言うより、身体の感覚がない……!?)
驚いた事に、動かそうとした体は動かないと共に、感覚を失っていた。ほかの部分も確認してみたが、足も、瞳孔も、口も、耳も、何もかもの感覚消えていた。
(どういうことだ……!?)
頭は働くのに、体は動かない。謎の状況に思考を苛まれていた、その時だった。
僕の頭に、一つの映像が映りこんだ。
荒んだ大地の一端に、一人の少女が立ち尽くしていた。その傍らには、見覚えのある女性が横たわっている。
少女は女性を抱き抱えると、その傷ついた顔に手を当て、何かを呟いた。
映像はそこで途切れた。そして、僕の視界は再び奪われ、真っ暗な闇の中に消えた───
「───ト!おい!聞こえてるか!?アルトォオ!」
「…………あ」
「どわあああああああぁあ………あ?」
見慣れた声が、僕のことを呼び起こす。しかし、”歌絲”ではなく、偽名で使っていた”アルト”でだ。
ふと、その声の違和感に気づいたのは、呼び方の違いを認識してすぐだった。
「……あれ?何で声が聞こえるんだ?」
視線を横にずらすと、呆気を取られたように佇んでいるマストルが立っていた。口をぱっくり開け、目を大きく見開いているマストルは、無言でその場に立ち尽くしていた。
「……え?何でここにマストルがいるんだ?」
素朴な疑問だった。現状況を理解出来ていない上では、最適解の質問だと思ったが、マストルは混乱のし過ぎで全く聞いていない。
「あ、あー、うん。大丈夫だ。」
驚きすぎて言葉を失ったのか、語彙力が崩壊している。これは、しばらく使えないだろう。
しかし、何故マストルが目の前にいるのは理解できないままだった。だが、先程のことを思い出すと、それも納得出来た。
(……なるほど。僕は死んだんだな)
理解しているだけの部分で導き出した、唯一の答えだった。少し無理のある考え方だが、こうでしか説明ができない。
しかし、思っていた通りになるとは思っていなかった。前世であったタイムリープも、今回はしなかったようだ。
しかし、タイムリープがなければ、もう美音を救う方法がない。
(……よくよく考えたらまずいな。策も手も何も無い)
僕には特別な力がある訳でもないから、死後では完全な無力者だ。
今更振り返ってみると、僕が死んだのは結界内での出来後だ。そうとなれば、僕の死を知る者は誰一人としていない。
故に、メイが僕の死を知ることも、美音が僕の死を知ることもない。これは致命的な問題だ。
(うーーん……どうしたものか)
「なぁ……大丈夫なのか、お前?」
「え?」
先程、機能不全に陥ったはずのマストルが、正気を取り戻していた。普段ならあと五時間くらいは機能しなくなるのに、今回はやけに復活が早い。
兎にも角にも、話ができるなら、現状況を聞くのが最優先だろう。例え、死後の世界だとしても、得られる情報は少なからずあるはずだ。
「あ、うん、大丈夫だ。それより、ここがどこか分かるか?」
「……はぁ?え?お前、ほんとにここがどこか分からないのか?」
「……え?う、うん。全然分からないけど……」
僕の回答を聞いたマストルは、腰に当てていた手を顔にやると、悩んだ仕草をしながら、僕の肩を叩いてきた。
「やっぱ大丈夫じゃないんだ。確かに、生きていたこと自体奇跡だもんな」
「……え?今なんて?」
「え?いやだから、生きてるだけ奇跡だって……」
マストルの今の言葉に、少し違和感があった。と言うより、おかしな言葉があった。
”生きてるだけ奇跡”
どういうことだ?僕は生きているのか?ここは死後の世界じゃないのか?
飛び交う疑問の数々が、僕の思考を混乱させる。
とりあえず、確認の為、自分の頬を思いっきり叩いてみた。
「………痛い」
ほとばしる痛みは、僕の肌を通って神経へと通達され、言葉を発せさせる。
夢でも何でもない。現実だ。
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