五十二話【生きていてくれた】
(っ……何だ、この感じは……?)
頭痛と共に流れ込んできたその風景に広がるのは、見慣れたあの家だった。
そして、その家の前に立っている見慣れた二人の影。エネットとマキだ。
「エネットさん……?」
思わず口に出してしまった。しかし、エネットは先程死んだと言っていた。
だから、ここにエネットがいる訳が無い。
しかし、目の前にいるのは紛れもないエネットとマキだった。何度も見てきたあの姿だ。間違えるわけが無い。
二人は、僕の方に視線を移すと、手を振って来た。きっと、僕のことを呼んでくれているのだ。
(……やっぱり、死んだなんて嘘だったんだな。生きてるじゃないか)
曖昧になる意識の中、エネットが死んだなんて思っていた自分に、軽く自嘲した。やはり、エネットはエネットなのだ。死ぬわけが無い。
しかし、本心では分かっていた。これは、何かが生み出した現実逃避の一端に過ぎないのだと。しかし、僕は、今すぐにでも楽になりたかった。
「エネットさん!マキ!」
二人の元へ走った。ただひたすら、二人の元へ一秒でも早く辿り着きたかった。
しかし、いくら走っても、二人に近付くどころか、遠ざかっていく。
手を伸ばしても、大声で叫んでも、二人は相づちすらうってくれない。
耐えかねた僕は、その場で立ち止まり、少し怒ったような声で問いかけた。
「何で遠ざかっていくのさ……!そんなに僕が嫌なのか!?」
しかし、これも二人には届いていないのか、反応はなしだ。
(おかしい……何で何も返してくれないんだ……?)
前世も合わせた七年間、この二人と共同生活を送ってきたが、喧嘩の時以外、無視されることなんてなかった。
特に、マキが理由もなしに無視することなんて一切なかった。
立ち止まって考えていると、エネットとマキは突然に手を振るのを止め、こちらに近づいきた。
(あ……何だ、あっちから来てくれるのか。少し考えすぎだったかな)
その姿を見た僕は、安息に包まれていた。近づいてくるその二人の影は、やけに大きかったが、そんな事気にすることではなかった。
もう少しで辿り着くと言う所で、ふと、頭に謝罪の文字が浮かぶ。確かに、あんなに頑張っていた二人を前に、僕は何をすることも叶わなかった。
そのことに関しては、素直に謝るべきだと思う。
(そうだな。エネットさんもマキも、必死だったんだ。せめてのこと、謝って感謝を伝えないと)
もう辿り着く寸前まで来ていたので、距離的にも聞こえはするだろう。心の底から、謝罪を込めて口を開く。
「エネットさん、マキ……さっきは何もできなくて、ごめんなさい。でも、生きててくれて本当に良かった───」
───ズプッ
(………え?)
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