四十九話【死の境地】
「あと……ちょっと、力が…足りない……!」
エネットの体は既に死にかけだった。部分的に肉は爆ぜ、骨が露出している。
もはや、エネットという体の原型は留められていなかった。
「お師匠様ぁ!お願いです!死んじゃ嫌ッス!」
「ダメだ!近づいたら死ぬぞ!」
「だって……お師匠様……あんな苦しそうな姿で……頑張ってるんスよ?」
マキの声は、今にも消滅しそうな音をしていた。声は枯れ、瞳の下には擦った痕が見える。
だが、ここでマキを行かせてしまえば、エネットに支障が出るかもしれない。それ以前に、マキが死ぬかもしれない。
それだけは、絶対に避けなければならなかった。
「……今からなら間に合うッス。お師匠様、絶対助けるッスからね……!」
「……馬鹿!やめろマキ!」
感情に駆られたマキは、エネットを助けようと無鉄砲に走り出した。
当然押さえつけたが、力が強すぎて止まる気配がない。このまま行けば、僕の手が離れるのも時間の問題だ。
「アルト!どうすればいいんだよ!?」
「僕が知るわけないじゃないか!それより、マキを止めてくれ!僕だけじゃ…限界なんだ!」
慌てふためくマストルに怒鳴りつけ、マキを二人で止める。しかし、僕たちに止められたマキは、さらに力を増し、前進していく。
「んがァァ……強すぎだろ!全然止まんねぇ!」
「耐えるんだ……マストル!ここでマキを行かせたら、それこそ無駄死だ!」
理性の欠片すら失ってしまったマキの力は更に上昇する。先程の結晶玉が破壊されたことで、マキの制限が開放されたのだ。
僕もマストルも、異形質全開で止めているが、全く歯が立たない。
(やばい……手、離れる……!)
滲み出てくる汗が、僕の手を滑らせる。僕もマストルも、同様に限界が近い。
(くそぉぉ……!)
そう思った瞬間、地面がとてつもない勢いで揺れた。それによってバランスを崩したマストルは、誤って手を離してしまった。
「まずいっ……」
それと同時に、僕の手もマキの胴から離れた。
僕たちの手から放たれたマキは、その勢いに乗り、エネット目掛けて走っていく。
「お師匠様ぁぁぁあぁあ!」
「ダメだ!マキ!」
死なせちゃいけない。
僕が守らなくちゃいけないのに。
もう、誰も死なせる訳にはいかないのに。
「今助けるッス!」
「……マキ」
向かってくるマキに気づいたエネットは、ゆっくりと振り返った。肉は剥がれ、眼球も片方は失っている。酷く荒んだ顔は、見るに堪えないものだった。
「……これだから貴方を守るのは大変なのよ」
ゆっくりと口を開いたエネットは、そう言い、少し笑った。
読んでいただき、ありがとうございます。
作品が面白いと感じたら、ブックマーク登録、☆を5押していただけると嬉しいです。