四十八話【必死の覚悟】
「はぁ……」
「そんなに気を落とすなよ。エネットさんだって、そんなに怒ってなかっただろ?」
「いやそうだけどよ……調子に乗りすぎた……マキって子、めっちゃ怒ってるし」
「いやぁ……マキはしょうがないよ。エネットさんのこと崇拝してるし」
結界に向かう途中、マストルは酷く落ち込んでいた。自分が思ったより、エネットの実力があり過ぎたのだろう。
仕舞いには、マキにボロボロになるまで責め立てられていたので、精神的にも、肉体的にもボロ雑巾状態だ。
「落ち込むのはやめなさいって言ったじゃない。私まで気分悪くなるから」
ご覧の通り、エネットは心を許しているが、それでも、マストルの心は下を向いていた。
「私としては、それくらい落ち込んでもらわないと困るッスよ。何でこんな奴許したのか理解不能ッス」
「マキは黙ってなさい」
「………はい」
次々にマストルを追い詰める言葉を発するマキは、まだ怒っている。この怒りは、よっぽどの事がなければ、当分収まらないだろう。
そのやり取りを見たマストルは、さらに落ち込む。
「はいはい、この雰囲気どうにかしましょう。とりあえず、夜が明けるまでには帰りたいから、急ぐわよ」
呆れたエネットは、場の雰囲気をリセットしようと、僕たちを急かした。
だが、実際急がないといけない。結界の解放時間は最大で6分だ。しかし、現在時間にして10分が経過している。
もう手遅れだと思ったが、エネットが『10分程度なら、全力を使ってでも壊すわよ。本当なら、奥の手なんだけどね』と言っていたので、おそらくは大丈夫だろう。
予想通り、結界は復活していた。
「お師匠様、これ大丈夫なんスか?」
「ぶっちゃけ大丈夫じゃないわよ。だけど、ここで止まってる訳にはいかないし、強行突破するわ」
「でも、どうやるんスか?」
「……世界剣は使えないし、時間回帰程度じゃ突破できないわ。だから、生命力を代用して、もう一回だけ壊す」
「え……でも、そんな事したらお師匠様が……」
「マキ、この件は思ってるより深刻なのよ。今回は誰かさんからの信用を勝ち取るために来たけど、本当は今すぐにでも王宮に行きたいくらいよ」
「う……」
エネットなりに、考えての判断だった。確かに、普通に考えれば分かることではある。
今、エネット宅にいるのは、強大な権力を持つ一国の女王なのだから。
「それに、この結界は修復時間に比例して強くなっていくのよ。もしかしたら、私も破壊できなくなる可能性もあるからね」
「なるほどッス……お師匠様に任せるッスよ」
「分かってくれたならいいわ。それじゃ、少し離れててね」
エネットはそう言い、結晶玉に手をかざす。
「一瞬だけど、ごめんね……」
バキンッ!
瞬間、結晶玉は勢いよく割れた。
「もう使わないと思ってたけど、ここで使うことになるとはね……早めに終わらせますか」
右手を結界にかざし、左手を添える。
「調和崩壊」
唱えると同時に、地が大きく揺れた。その衝撃は凄まじく、近くにいるだけで気絶してしまいそうなくらいだ。
「……っ!マキ、マストル、大丈夫か……!」
「……ふぅ、大丈夫ッスよ」
「俺も……だ。いや結構まずい状況ではあるが……」
「それにしても、エネットさんにこんな力があったなんてな……」
「私も…知らないッス。お師匠様が全力使ってるの見るのは初めてじゃないッスけど、ここまでのは類を見ないッス……!」
マキですら見たことの無い技が存在した。これだけでも十分驚けるが、もっと驚くところは、先程の世界剣の時よりも、感じる存在感が大きいという事だ。
世界剣が出現した時、僕の心はあの剣に全てを奪われそうになるほどの衝撃を受けた。しかし、この力は、それどころの話ではない。
言葉で表すことは出来ないが、そう断言出来る。
「ッ!あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”!!」
聞いた事のないようなエネットの叫び声は、鼓膜の奥まで響いている。心の底から苦痛を感じているのだろう。体は痙攣し、小刻みに震えている。
「お師匠様!もう十分ッスよ!やめないと、お師匠様が死んじゃうッス!!」
それを心配するマキの声は、さらによく響く。自分の命の恩人が、あんな姿で呻いているのだから、助けたくる気持ちも分からないくない。
しかし、あれば僕たち程度が触れていい問題ではない。
「マ…キ……心配しないで…ちょうだい!このくらい……どうってことない……わ!」
「エネットさん、無理ですよ!この結界はさすがに強すぎます!」
「うるさい!私だって必死なのよ!止めないでちょうだい!」
無理をしてでも破壊を試みるエネットの姿は、見ていて痛々しいものだった。
しかし、その様子を見ていると、結果が分かるような気がする。無理だ。あの結界は、破壊できない。
そして、限界を迎えたエネットは死ぬ。
直感だが、そう思ってしまった。
自分でも、おかしいとは思った。先程、あんな圧倒的な力を見せていた人が、こんな所で死ぬわけが無い。
しかし、心のどこかでは、自分がそう呟いているのだ。
(そんなわけがない……!エネットさんは強いんだ……きっと今回だって、成功するはず───)
───しかし、現実はそんなに甘くはなかった。
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