四十二話【信用】
「一旦そこに座ってて欲しいッス。お師匠様は今から呼んできますから、慌てる必要はないッスよ」
そう言うと、マキは部屋の奥に姿を消した。そこそこ大きいエネット宅は、客間室以外はほとんど倉庫か実験室で埋め尽くされている。
探求意欲の塊のようなエネットからすれば、当然なのだろう。
五分ほどその場で待っていると、生き生きとした態度のエネットが客間室に姿を見せた。
「ようよう、お二人さんはお久しぶりね。寝室を借りてるのが、現女王の美音で、そっちの子がマストルだったかしら?」
実験で嬉しいことでもあったのだろうか。いつもに増して気分の良さそうなエネットの声は弾んでいた。
「今日の要件は凡そ観たから、説明は大丈夫よ。アルトの主人さんだっけ?」
「エネット、もうアルトの名は使わなくていいわ。と言うより、使わないで」
エネットの言葉を遮るように、メイが注意する。アルトの名は、今のマストルの気に触る、それを考慮してのことだろう。
「え?あぁ、はいはい、分かったわ。察しろってことね」
「エネットさん、その言葉余計ですよ……」
「細かいことはいいのよ……まぁ、それはそれとして、本題に入りましょうか」
エネットが話を始めようとしたその時、マストルが、その言葉にストップをかけた。
「少し待て。聞きたいんだが、お前は本当に信用できる人間なのか?」
それを聞いた瞬間、背筋が凍った。エネットの話を遮るのはまだ良いが、信頼性を否定するのは禁忌に触れたようなものだ。
何故なら、彼女が最も嫌悪することは、他人から信用されない事だ。
「……失礼なこと言うわね。当然でしょ」
しかし、エネットも冷静だ。
「なら証拠を見せなよ。こんな森の奥に住んでる王宮反逆者なんて、誰が信じら───」
「いい加減黙るッスよ。少し調子に乗りすぎてるんじゃないんスか?」
マストルの台詞を断ち切るように現れたマキは、手に持っている包丁をマストルの首筋に当てている。師匠を侮辱されたことが許せないのだろう。
「こればかりはカバーしきれないわ。マストル、何故今になって口を出したの?」
マキの行動と共に、メイもマストルを問い詰める。
「貴方はあくまで”付き人”に過ぎないわ。本来なら、この場にいることすら許されない存在なのよ」
険悪になっていくマストルの表情は、エネットに対して向かっている。上目遣いでエネットを睨みつけているその眼からは、悪寒すら感じる。
「……俺は、ずっと何も知らないままここまで来たんですよ。今回の事に限らず、アルトのことだってそうだ……!」
マストルの台詞を、僕は黙って聞いているしかできなかった。その言葉から感じることは無い。ただただ無情に、そこに座っていることしかできない。
「……で、貴方の望みは何なの?私を知りたいという事で受け取っていい?」
深い沈黙から、エネットは冷静に要求に応じる姿勢を見せた。しかし、マストルは納得していない様子だった。
「それだけでは足りない。俺は、まだまだ知らなくちゃいけないことがあるんです」
(マストル……?)
その言葉には、少し既知感があった。
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