三十九話【本当の嘘】
辺りは重い雰囲気に包まれる。吹き荒れる夜の風と深い闇は、その面影をさらに濃くさせる。
女王である美音が寝ている今、真実を話す絶好の機会だ。彼女にこの話を知られれば、厄介なことに成りかねない。
「まずは初めまして……だね。僕の本名は奏峰 歌絲。アルトってのは、この王宮に入る時に、その正体を知られないようにするための偽名だ」
「ちょっと待て。お前はメイ様の知り合いの貴族様の息子って聞いたぞ?」
動揺したように、マストルが問いかけてくる。当然だろう。彼は、僕の言うことを真に受け、信じてここまで過ごしてきたのだから。
「それは、僕が王宮入りする理由を作ったものだよ。侍女長の助けもあって、楽に王宮入りすることが出来た」
そうだ、僕は騙し続けてきたんだ。親友とも呼べる存在ですら、虚像の日々を過ごすだけの一人に過ぎなかったんだ。
「僕が王宮入りした理由は、僕の実妹である奏峰 美音を助け出すためだ」
真実を伝えた瞬間、マストルは立ち上がり、よろめきながら僕に近寄ってきた。
「ははは……美音様がお前の妹?冗談だろ?いや、冗談だとしても、これは無礼に値するぞ。早く撤回しろよ」
僕の胸ぐらを掴み、脅すような声で言う。しかし、その手は変わらず震えている。
「嘘じゃないさ。君だって知ってるだろ?現女王の美音は、前王エドマスのご息女ではない、って事くらいさ」
「……黙れ!」
「おかしいとは思わなかったかい?」
マストルは、しばらくその場で黙り込んでしまった。しかし、何を思ったのか、マストルは僕に一つ問う。
「……お前はさ、俺の事、どう思ってたんだ? 」
突然すぎる質問だったが、答えるのは容易だった。しかし、何故か、言葉が出てこない。
「……ただの仕事仲間さ」
適当に受け流すように答える。
苦渋の表情を浮かべるマストルは、歯ぎしりしながら、大声で怒鳴りつける。
「何でお前は、いつもそうやって一人で抱え込もうとするんだ!俺たちは友達じゃないのか!?俺じゃ力不足なのか!?」
言葉も震えている。聞いているこちらも震撼させるほどの迫真の言及は、僕の核心を突いていた。
しかし、僕はそれを否定しなかった。
「あぁ、お前じゃ力不足だよ。僕の目的は、そんな浅いものじゃない」
その言葉を聞いたマストルは、僕の胸ぐらを掴み、追い詰めるように問う。
「……俺なんて、目的を達成するための過程にいる一人間に過ぎないんだろ?お前とすごしたあの日々は、女王様に近づくための偵察に過ぎないんだろ?」
そんな訳ない。
否定したくて堪らない。だが、否定できない。事実だからだ。
「…….そうさ。僕は君を騙してきたんだよ。君との日々なんて、実行段階の一部に過ぎないんだよ」
嘘だ。僕だって、できることなら君と過ごしていたい。
それを聞いたマストルは、胸ぐらに当てていた手を離し、その場に崩れ落ちた。
「何でなんだよ……だったら、何であの時のお前は、何であんなに笑ってたんだ?」
何故だろうか。心の底に響くようなその言葉も、今は涙すら流れない。
「あの時言ってくれた言葉は、全部嘘だったのか……?」
いつの間にか震えは収まり、沈んでいた心も冷静になっていく。
「なぁ……何でなんにも言ってくれないんだ?否定してくれないのか?『そんな訳ないだろ』ってさ、いつも通り指摘してくれよ……!」
拳を強く握る。脳内には苛立ちが走る。
「メイ様からも何か言ってくださいよ!あいつは……アルトはこんな冗談言うやつじゃありませんよ!メイ様もそう思いますよね……?」
メイは聞かないふりをしていた。それは当然だ。僕の関する嘘を王宮中にばら撒き、僕を王宮に浸透させたのは、紛れもなく彼女なのだ。
「くそっ!認められるかよ……認めてたまるもんかよ!」
怒り狂い、叫ぶマストルは必死だった。その行動は、焦っているようにも見えた。
「なぁアルト、俺のことを抱きしめてくれよ。そして、この話が嘘だったって言ってくれ。でないと、俺……」
ここまで言っても、まだ信じられないようだ。なら、この言葉を言うまでだ。
「……僕は────」
「……!」
それを聞いたマストルは、何も言わなくなった。
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