三話【動き出す陰謀】
「夜路、前言っといた珍しい赤子の話はどうなった?」
暇そうな王は欠伸をしながら問う。王が夜路への調査命令を出してからはや三年。一向に情報が届かない王は退屈していた。
「ただいま調査が終了しました。珍しい双子の所在地は南方の貧民街です。年齢は双方満七歳。兄妹の二人暮らしで………」
風と共に現れた夜路は調べてきたことを黙々と王に告げた。三年に渡って調べられた入念な情報は確実であった。
「はは、流石夜路じゃ」
「お褒めに預かり光栄です」
長年退屈を味わっていた王も確実な情報の前には不敵な笑みがこぼれざるを得なかった。
満足そうな王はスっとその王座から立ち上がると突然深刻そうな顔をし、話を始めた。
「実はの……今王宮では跡継ぎとなる者がおらぬ。それどころか儂の正妻は死んでしまったからの。お主も分かるじゃろ?」
「承知しています」
夜路の返事を受け取り王はニヤリとして話を続ける。
「そこでじゃ。わしゃあ妻が欲しいんじゃよ。となれば、そこら辺の路傍の石ころどもじゃ儂には釣り合わんからの……?」
「ごもっとも……」
王の顔は欲望と狂気で歪んでいる。狂気とも言えるその表情は王の強欲さを表すものとなっている。
話を続けるほどその表情は歪み、自らを抑えきれず暴走を始めたように沸き上がる。
「そこでじゃ!そのガキ共を儂の前に連れてくるがよい!そして娘の方を儂の正妻にするのじゃ!!」
王は正気だった。しかし、完全に理性を失っていた。
自らの欲に囚われたその姿は強欲と傲慢の化身。夜路はその姿を見て頷くことしか出来なかった。
「……承知致しました。ですが双子の兄はどう致しますか?」
「それなら使い道はもう決めておる。実はの、男の方は原初様への貢ぎものにしようと思っとる。原初様は珍しいものがお好きなようじゃからな」
王はニヤリと笑いならが言った。王からすれば用がない男など珍しがろうがそこら辺の石ころと大差ないのだろう。
「原初様への貢ぎ物と正妻……両方とも手に入って一石二鳥じゃわい……!」
王は興奮と笑いが止まらない様子だった
「承知致しました。では直ちに軍を……」
「そう焦るな、決行は明日でよい。今日は儂の結婚を祝しての披露宴の準備をしなければのぉ……楽しみじゃわい……!」
王の顔はさらに歪む。その歪な笑い声は王宮中に響きわたり、従者全員を震撼させた。
*
「っと……いと?か……聞いてる?歌絲!」
「うわっ!」
何度も起こしたのに聞かなかったのが気に食わなかっのか。美音は少し怒ったように上にのしかかってきた。
口から垂れるヨダレを拭き取り、いつの間にか寝ていた事を確認する。
先程、よく分からない理由で怒っていた美音を慰めに行ったのだが、素直に一回謝っただけで許してくれた。
すごい安い怒りだな とは思ったが、ラッキーだったので口にはしない。ここで墓穴を掘るのはよくないと判断していた。
そこからよく覚えていない。多分寝たのはそこら辺の話になるのだろう。
「ふわぁ……よく寝た」
手を頭上に振り上げ、伸びをする。
「……今日は村の周辺の確認があるって言ったでしょ?私は今から部屋に入るから何もできないけど、頑張ってね!」
申し訳なさそうに言う美音だが、やってる事と言ってる事が全くあってない。どかなくてもいいけどその状態で深刻な話は少し合わない気がする。
寝ている自分も悪いなと反省しながら起きかけの重たい体を起こし、巡回に向かうことにした。
しかし、既に雑貨屋の店主や部下たちは巡回を始めており、今更、僕必要なの?と思うくらい時間が経っていた。
*
巡回開始から一時間が経過し、そこら辺をじっくり探してみたが、見張りは全く見当たらず、伏兵も確認できなかったので巡回は一旦終了にした。
しかし、今度は美音の食料を運ぶ仕事が残っていた。
二日間も一人であんな暑苦しい空間にひとりぼっちにするというのはかなり酷いことだが仕方なかった。だからこそ最低限の食料くらいは揃えようという考えだ。
食料は基本的に保存が効くものを多く用意したので缶詰等が多く、パンパンに入った重い木箱を持つしかなかった。
力仕事は得意だったので特に問題はなかったが、運んでいる最中自分の無力さを感じていた。
美音を誰もいない空間に閉じ込めてしか守れない。自分に力があればそんな事しなくても美音を守れたと、自らの無力さに対して怒りを覚えていた。
誰にも頼らず、自らの力だけで美音を救えるような男になりたい。でも、現実はそんなに甘くない。
僕は弱いんだ。
自分が一番分かっていた。だがどうしようもなかった。木箱を握っている手は自然と強くなり、少しヒビが入っていた。
そう考えている時だった。近くにある民家が物凄い音を立てて爆発する音が聞こえた。
明らかに不自然なものだった。村にあれほどの規模の爆発を起こせるものはない。
そうでなければ何なんだ?
雑貨屋一同と共に、爆発した方角に走った。すると、白い甲冑を纏った数十人の王都からの使者が列を組んで歩いているのが目に映った。
「なんでだよ……来るのは明日じゃないのかよ!?」
予想外の問題に一瞬戸惑ったが、冷静さは保てていた。
情報が正しくなかったのか?いや、そうだとしてもおかしい。時間帯ももう夕暮れだ。
王都の奴らは大体朝に行動することが多い。それが何故こんな夕方に進軍してきたのだろうか?
様々な疑問が募ったがそんなことはどうでもいい。とりあえず美音の安全を確認することを最優先だ。
確か物資も外に放りっぱなしだし、窓も換気のため全開にしていた覚えがある。このままでは格好の的だ。
「頼む、間に合ってくれ……!」
走りながら目を働かせていたが、まだここら辺に王都の目は渡っていない。
逃げるなら今しかないだろう。
「ハァハァ……良かった……まだ無事だ……!」
傷一つ着いていない雑貨屋を見て安堵した。器物損壊なんて気にも止めない王都の奴らなら、雑貨屋を破壊していてもおかしくはない。
しかしまだ安心はできない。美音と共にここを離れるまでは、まだ王都の手の中にあるようなものだ。
階段を駆け下り、地下室の扉を開けた先には、何も知らぬまま座り込んでいる美音の姿があった。
「美音!よかった……無事だったか」
「歌絲じゃない。どうしたの?」
暇そうな顔から察するに、まだ外の状況を把握出来ていないようだ。
「よく聞け。予定外のことが起こった。お前を連れ去りに来た王都の野郎らが来たんだよ」
「えっ!……そんなぁ……」
驚くのも無理はないだろう。宣告なしにやってきた恐怖なのだから、心の準備も何もない。
「ねぇ……大丈夫かなぁ。私連れ去られたりしないよねぇ……?」
おそるおそる言葉を発する美音の体は震えていた。
「大丈夫。美音は僕が絶対守る。だから安心して?僕もここにいるから」
その体を抱きしめ、安心させるように言う。
「本当……?」
「本当さ。大丈夫。僕がついているから」
本当は守れる確信なんてない。でも、命を賭けて守り抜くことはできる。
大丈夫。僕ならできる。そう心に言い聞かせ、ギュッと美音を抱きしめた。