三十八話【その声は】
「いや早、ここまで飛んで来てしまうなんて思ってなかったッス」
「その声……マキ、なのか?」
「アッハッハ!そうッスよ!久しぶりッスね、歌絲さん」
僕に絶望を与えた謎の何か。その正体は、二年前に別れた、懐かしの 姉弟子のマキだった。
何故飛んできたのかは分からないが、ここで会えたのは間違えなく好都合だ。
しかし、ここからエネット宅までは、まだ半日歩かなければ、辿り着けないはずだ。
「ちょっといいかな……何でここにいるの?」
「あ〜、それはお師匠様の 月修行の最中だからッスよ」
「あ、なるほど……それはお疲れ様だね」
月修行とは、一ヶ月間休まず修行し続ける、エネット独自の期間訓練の一つだ。マキがここまで飛んできているということは、耐訓か戦訓のどっちかだろう。
「そんなことより、歌絲さんが何でこんなとこにいるんスか?てっきり、王国に行ったきり帰ってこないと思ったもので……」
「いや、帰ってこないことは無いけど……色々あって、エネットさんに会わないといけないんだ。今から帰るんだったら、エネットさんに伝えてくれないかな?」
「ふーん、お師匠様にッスか。まぁいいッスけど、そこに固まってる人は、歌絲さんのお仲間さんッスか?」
気づかなかったが、いきなりの状況に対応できなかったマストルは、その場で凍ったように動かなくなっていた。
「うん、まぁそうなんだけど……あぁなったの、一応マキのせいだからね?」
「えぇ!?私のせいッスか!?酷い言いがかりッスよ!」
いや、これは紛れもない事実だ。正体不明の何かがいきなり飛んできて、いきなり殺しに襲ってくるのだ。そんなもの見たら固まるに決まっている。
「 月修行ってのは分かるけど、気をつけないとダメだよ。 この森にくる人だって、少ないけどいるんだからね」
「……はいッス。すみません」
軽く注意したつもりだったが、怒らせてしまったようだ。少しむくれた顔で、マキは返事をした。
「まぁ、とりあえず頼んだよ」
「分かったッスよ。全く、折角の再会だって言うのに……」
「ん?何か言った?」
「……何でもないッスよ!」
僕の問いを消し飛ばす勢いで叫んだマキは、地面へと踏ん張りを入れ、先程飛んできた方角へと飛んで行ってしまった。
あの時は、正体が知れない何かの強さに驚かされたが、マキだと分かれば話は通じる。
「またマキに無茶させてるのね、あの馬鹿は」
僕とマキとの会話を聞いていたメイは、呆れ顔でそう呟く。これは昔からのエネットの癖だから、仕方の無いことだ。
「え?は?いや、俺が間違ってるのか?俺はあの女の子のこと知らねぇけどなぁ……それに、歌絲って誰だ?お前、アルトだよな?」
「あ、うん。そうなんだけど、事情があってね」
戸惑っているマストルは、僕の本名を聞いてさらに混乱している。それはそうだ。僕は、この王宮にいて三ヶ月間”アルト”として過ごしてきたのだから。
(説明が難しいけど……しなきゃいけないか)
本来の目的のため、王宮入りしたことを伝えるのは、少し苦ではあった。しかし、ここから先、共に歩いていくためには、必要な事だ。
「マストル、落ち着いて聞いてよ?ここから先、僕の言うことは、僕の本来の目的のためについてだ」
「お、おう……」
息を呑むマストルは、小刻みに震えている。渋滞した緊張感の中、僕はマストルに全てを話した。
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