三十四話【対異形獣】
振り向いた先にいたのは、紛れもないバケモノ共だ。ヨダレを垂らし、僕を殺さんと目を光らせている。
間違いない。二年前に僕たちを襲ったバケモノ。通称”異形獣”
(まずい、いや本当にまずい……)
僕一人では対応しきれない量だ。やり合えるば、確実に押し負けるだろう。
しかし、目の前にいる二人まで危険に晒す訳には行かない。心の中、一瞬迷いが生じたが、それを投げ捨てた。
幸い、非常用短剣は腰にあるストックを含め、五本ある。陽動をするとしては十分な数だ。
(五分だ……殺されても死ぬもんか……)
ありったけの力を振り絞り、できる限り全身に異形質を張り巡らせる。薄水色の瞳は黒い赤紫に染まり、黄蘗色の頭髪も同様に変化する。
今の僕ができる、最大出力の全力だ。
「さぁて、こっちだ、バケモノ!」
バケモノ共に向かって挑発し、西へと走り出す。この方角なら、あの二人にもメイにも被害は及ばない。
しかしながら、全力は一歩一歩の負荷だって重い。踏み出す瞬間に走る激痛に、何度も何度も意識を断たれそうになった。
だが、弱音ばかり吐いていては、このバケモノ共に殺されてしまう。
「GUAAAAAA!!!」
何とも発音のいい響声だ。王宮の音楽団に行ったら褒められるレベルの肺活量もあると見た。
「GOAAAAAAAA!!」
後方からやってくる多様な攻撃に気を配りつつ、森の木々を伝ってできるだけ遠くへ逃げる。
異形質のおかげで危機的感覚まで強化されているので、避けるのは容易だ。
「ギギギギギィィィィ!───」
逃走先に先回りしていた緑龍型の異形獣が押し寄せてきた。呑気なことを言っていられる場合ではないようだ。
(緑龍型は森で強いタイプだっけ……森の中なら僕より速いのか)
体力が尽きれば即ゲームオーバー、即ち、死を意味するのだ。楽しんでいる場合ではない。
緑龍型は手から無数の蔓を出し、牽制してくる。しかし、蔓と言っても太さは僕の3〜4倍はあり、当たったら身が砕け散ること間違えなしだ。
(だが、当たらなければ大それた問題ではない……!)
目を凝らし、緑龍型の手から放たれる蔓を掻い潜り、心臓部の核を狙う。知性はある程度しかないので、避けるのはそう難しくない。
「一体目……だっ!」
短剣を緑龍型の目に向けて投擲する。当たりはしないだろうが、集中を妨げることくらいはできる。
その隙に、蔓を使って足元へ回り込む。体長20mを超えるバケモノからすれば、ここは視界の範囲外だろう。
「ギィィイイイイ!?」
思った通りだ。緑龍型は僕を見失い、さらに蔓を放出してきた。暴れ狂う蔓は、ほかのバケモノを巻き込み増えていく。何とも都合が良いことだろうか。
「はぁあああ!」
混乱している内に足元を潜り抜け、背中から頭部へと駆け上がる。そして切断した首の中を通り抜け、心臓部にある核へと短剣を突き刺す。
しかし、思ったより硬い。刃が核に通らない。だが、無理というほどではない。
「ガアアアアァァ!」
「ギィィガガガガァァァ……!!」
パキンッ!
核が割れる音がした。それと共に短剣は折れ、緑龍型は蔓とともに崩れ落ちた。
「案外呆気ないな……だけど、マキには劣るね。短剣も一本折れちゃったし、どうしたものか……」
振り返った視線の先に広がる、緑龍型より大きいバケモノの勢。勝てる気はするが、それは一対一での話だ。
見ただけで言えば、ざっと20体ほど居る。多勢に無勢と言ったところだろう。
(正直辛いけど、まだまだ戦える……できるだけ遠くへ……だな)
その時は気づいていなかったが、戦い開始から、すでに一分の時が経過していた。
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