二十九話【小さな灯火】
「やっぱり、私がなっておくべきだった……」
先程、僕を慰めてくれた彼女の笑顔は嘘のように消えていた。白い手のひらを顔にあて 、天を仰ぐ彼女の瞳からは少量の涙が溢れている。
「大丈夫……?」
突然のヘヴンの涙に動揺するしか無かった僕は、心配の言葉をかけた。
ヘヴンは泣きじゃくる顔を必死に擦り、落ち着きを取り戻すと、ゆっくりと口を開いた。
「……大丈夫よ、心配には及ばないわ。それよりアルト、私が今から言う事は落ち着いて聞いてね」
「……?」
何故か、この話は聞いてはいけない気がした。直感だが、そう感じたのだ。
だが、今のヘヴンの顔を見れば、それを断ることなんてできなかった。
そして、その一言を聞いた僕は、絶句を余儀なくされた。
「貴方はね、一度死んだのよ」
「……え?」
その台詞は、1ミリ足りとも理解できなかった。一度死んだ?では、何故僕はここにいるのか。何故今ここで生きているのか。疑問が絶えず僕の中を埋めつくしていく。
ヘヴンはやっぱりね、といった表情でこちらを見ている。それから一息つくと、ヘヴンは苦笑を浮かべ、問いかける。
「なんで僕が生きてるのか……っ思ってるでしょ?」
そう、これ以外に思うことがあるのかと思うほどにだ。
「うん、私もそう思うよ。だって、死んだ人間が生き返るなんて話、御伽噺ですら見たことがないもの」
少し間を開けて、ヘヴンはそっと呟く。そして、その一言に、僕は絶句した。
「でもね、私にはそれができるの」
意味が分からない。では、ヘヴンが僕を生き返られたとでも言うのか。有り得ない。御伽噺でも、そんな下手な冗談は通じない。
「……もしかして、何かドッキリでもやってるの?悪い冗談なら止してくれよ」
僕は、少し圧を掛けるような言い方で制止した。しかし、彼女は首を横に振った。冗談ではないというのか。だとしたら、これこそ夢なのではないかとすら思ってしまった。
「冗談なんかじゃない。私には、死者を蘇られる力がある。今からそれについて説明するわ」
ヘヴンはそう言うと、自身の力について淡々と話し始めた。
「私の力は、簡単に言えば”状態修復”。それも特殊なもので、それに見合う犠牲を払えば、どんなものでも修復することができるの」
最初は受け入れることすらままならなかった僕だが、最終的には疑問もなくなって、それを信じることが出来た。
ヘヴン自身がこの力を知ったのは、五歳の誕生日。現在の歳が七歳なので、僅か二年前のことだ。しかも、 それを明かしてくれたのは侍女長のメイだと言う。エネットから何か助言でも受けていたのだろうか。
「でも、今は私の力なんてどうでもいいわ。それより大切なのは、何故貴方が生きているのかって事よ」
「それは、ヘヴンの力を使ったからじゃないの?」
「言ったでしょ。私の力は、直すものがより強力であればあるほど、伴う犠牲が大きいの。つまり、貴方が生き返ったってことは、それなりの犠牲を払ってのことなのよ」
「なるほど……して、その犠牲っていうのは何なの?」
「うん、その犠牲っていうのは……ゴホッゴホッ!ごめんなさい、少し気分が……」
「……ヘヴン?」
話の途中にいきなりの咳き込んだヘヴンは、突如として顔色を変え、そのまま倒れてしまった。
急いで近くに寄り、脈を確認する。微弱ではあるが、しっかり動いているのが確認できた。
しかし、その動きは安全とは程遠いほど弱く、今にも尽きてしまいそうなほどだった。
(どうしよう……どうすればいいんだ!?)
ここから直ぐにでも助けを呼びに行きたいが、その間にヘヴンの身を守るものがいないので、それは出来ない。
かと言って、ここで何か手を打とうにも、簡単な応急処置しか知らない僕には、到底無理な事だ。
「誰か!誰か来てくれませんか!お嬢様が倒れたんです!」
張り裂けそうな声で叫んだ。自分がここから離れなれない以上、この声を聞きつけて誰かが来てくれるのを待つ他ない。
しかし、叫んでも叫んでも、助けは一向に来なかった。このままで居ても、結果は変わらない。そう確信した僕は、ヘヴンを背に預け、医療室へと走り出した。
思い足取りで大廊下を走っていると、しょぼくれた顔で歩いている荒伽を見つけた。
「あ、アルト……」
「荒伽!急で申し訳ないけど、急ぎで侍女長を呼んできてくれないか?お嬢様が倒れたんだ」
「え、ヘヴン様がか!?了解した。少しだけ待っていてくれ」
話を聞きつけた荒伽の行動は早く、数分で侍女長がやって来た。
「酷い熱ね……話は後で聞くから、とりあえず治せるだけ治してみるわ」
そう言うとメイは、ヘヴンの胸に手を当て、目を瞑り集中治療を始めた。
しかし、調子が悪いのか、その顔には焦りが見え始めていた。いつもの冷静な彼女が、こんな顔を見せるとは思ってもいなかった。
「……ダメね、この熱はただの熱じゃない。私の力では直せないわ。急ぎで医療室に運ぶわよ」
メイの力で治せないなら医療室で治せるのか微妙だったが、今はメイの判断を信じるしかない。
僕は、再びヘヴンを持ち上げ医療室へと向かう。ヘヴンを持ち上げた僕の袖には、血が付着していた。
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