二話【作戦会議】
ここから基本的に歌絲の一人称です。
『───っ目を覚ませ!起きるんだ!!』
暗闇から声が聞こえる。聞き覚えのある声だ。嫌気を模様すほど聞き飽きた声だが何故か思い出せない。
まずここはどこなんだ?手足の感覚すらない。それどころか意識すら安定しない。手を伸ばそうにも伸ばせない不自由な状態でもがくことすらできない。
『手遅れ…なる!このままではダメなんだ!!』
手遅れ?何が手遅れなんだ?訳が分から…………い。
そう思った瞬間その場の意識は途切れ。なにかに引き戻されたかのようにここへ意識を取り戻した。
「なんだ……さっきの…………夢?」
汗で滲んだ自らの寝間着を見て先程の自分の意識は夢の中にあったことを認識した。まるで夢とすら思えないほど鮮明な声はまるで何かを求めているような声をしていた。
落ち着きを取り戻し、自らを確認し、は大きく伸びをし、横に寝ている美音の姿を凝視した。
「んん……そっか、帰ってからすぐ寝ちゃったんだった……」
あの凶報を聞いた僕たちは、美音を王都の魔の手から守ることを決意した。
そして、その対応策としては、”美音をどこかに隠す”という結論に至った。
情報委員のおじさんの追加の情報によれば、王都が美音を連れ去る計画を実行するのはおよそ三日後。
それを事前に予想して早めに安定した隠し場所を探したが見つからず、日も暮れたの各自解散した。
その後疲れが溜まっていた僕たちは家のドアを吹っ飛ばし、ベットに直行した末に即撃沈した。
全く呑気なモンだと思いつつ、再度伸びをし、自らの感触を確かめ始めた。
先程の夢では全く感触がなかった手は自由に動くし至って問題はない。自由を奪うのか?夢の中の誰かがそうしたのか?疑問は考えれば考えるほど浮かんできた。
「ふぁあ…おはよう歌絲」
そうこう考えていると横で寝ていた美音も目を覚まし、華奢な体を起こした。
同じく伸びをする姿はとても可愛らしく、僕はいつものようにその姿に見とれていた。
自慢ではないが、シスコンである僕からすれば、この時間は至福だ。わざわざ早起きしてまで見る価値は存分にある。
早起きは三文の徳、という言葉はこういうことに使うのだろう。いや、本来なら三文どころではないが。
「んん……?歌絲汗だくだけど大丈夫?顔色もよくなさそうだけど……」
美音は不思議そうに問いかけてきた。
その時に言われていた気づいたが、寝間着は汗で滲んでおり、顔も水を被ったかのように濡れていた。
「ああ……ごめん。なんか悪い夢見てたかも……」
不意の問いには咄嗟に出てきた”悪い夢”で誤魔化した。
自分が変な目線を向けていたのがバレるのは嫌だが、それ以上に美音に心配されることの方が嫌だ。
あんな凶報を突きつけられたら普通の人なら心から崩れてしまうだろう。ましてや、まだ七歳の美音なら尚更だ。
しかし、美音はそんなことがあったにも関わらず、平然とした態度で僕に接してくれている。
そんな優しい心の持ち主に、これ以上野負担はかけたくない。
「歌絲に何かあったらそれこそ問題でしょ?何かあったら言ってね?」
それくらい理解している。だから、僕のことよりも自分のことを気にして欲しいというのが本音だ。
しかし、そんなことはさて置き、先程見た美音の顔は果てしなく可愛かった。
大好きな美音を見ているとそんな複雑な悩みは吹っ飛んだ。
このまま気の緩みを理由に美音に抱きついてしまおうか?そんな邪心が脳裏をよぎったその時だった。
「おいガキ共!飯食いに行くぞ!早くしな!!」
玄関から自分たちを呼ぶ声が聞こえた。豪快でゴリラのような太い声は家中に響き渡った。お陰で僕の酔いと気の緩みは一気に溶け、完全に正気を取り戻した。
「せっかく奢ってやるんだから早くしろ!」
雑貨屋の店主だ。どうやら朝飯の用意ができたようで呼びに来た様子だ。
「分かってるよ。少し待ってて」
本当はもう少しゆっくりさせてくれよ というのが本音だが、我慢するしかない。
時間があれば、これから美音にあんなことやこんなことをしてやろうと欲望があったが一度遮断されてしまってはしょうがない。
「ふふ、店長さんも親切だよね。毎日あんなに振り回してるのに、こんなに私たちに優しくしてくれるなんて」
「そうだね。でも、美音の方が優しいよ」
「ん?何か言った?」
「いや別に」
咄嗟に口に出てしまったから仕方ないが、店長が優しいしというのは本当の事だ。
普段こそあんなことばかりしているが何もしなければ普通の雑貨屋で、気がよく、僕と美音の保護者と言っても過言ではないほどに世話をしてくれている。
今僕たちが住んでいるボロボロの一軒家も、店主が昔使っていたのを借りているものだ。
それだけではなく、食べ物や家具といった生活必需品まである程度は提供してくれると優遇の限りを尽くしていた。
何故ここまで店主が僕たちに尽くしてくれているのかと言うと、二人には両親がいないからである。
母さんは僕たちを産んだ時に死に、父さんはそのショックを引きづり、僕たちが四歳の頃に自殺した。
当然、僕たちのような幼い二人を育ててくれる身寄りいない。
そこで、元々父親の知り合いで僕たちともそれなりに面識があった雑貨屋の店主が僕たちを育てることになったのだ。
今の暮らしにはそれなりに満足している。美音と二人で入れるというのが最大の利点だ。
しかし、完全に満足しているかと言えばそうでもない。何故なら、ここが”ボロボロ”の一軒家であるからだ。
考え方としては浅はかなのかもしれないが、僕の思想では裕福=幸せという認識なのだ。
つまり、このボロボロの家の生活は美しい美音には相応しくない。
贅沢かもしれないが、本心はそんな感じだ。
だが、その考えは今のこの状況下で邪魔にしかならない。本来の目的を忘れることは、失うことに繋がる。
そう自らの心にそう言い聞かせ、準備が終わった美音の手を引き、店主の元へと向かった。
*
「んで?どうするよ?まずはここらに美音を隠せる場所があるか探さねぇといけねぇけど……」
朝食の途中、雑貨屋の部下の1人が話を切り出す。
「第一はそれだな。まぁ隠しようは幾らでもあるが」
雑貨屋の店主は手に取った肉を勢いよく平らげ、得意げに話し出した。
「ここら辺は隠れられる場所が少ねぇ。知ってる限りでも探してみたが、ある場所を除いては見つからなかった」
「………まさかとは思うけど、その場所って崖の奥にある森?」
「そんな訳ねぇだろ。いくら美音といっても王都の野郎が帰るまであそこにいるのは無理がある」
崖の奥にある森は確かに深く、見つけにくい構造ではあるが、そこには数多の猛獣が住んでいた。それも一体一体が凶悪でとても人間が入れる場所ではない。
それは、店長が一番理解していた。
「だけど、ここまで来たらしょうがねぇな。正直、使うかどうか迷ったけどな」
「……どこか心当たりでもあるの?」
「あるさ。それが、ウチの店の地下に隠し部屋さ。見たいなら後で見せてやる。とりあえずあそこなら安全だろ」
「あるんだったら最初から言ってよ……たまには頼りになるじゃん」
「”たまには”は余計だ!!」
こうして作戦は決した。場所の確保と計画実行の準備も完了した。
「ふぅ、良かったぁ……決まらなかったらどうしようかと思ったよ」
これで一安心だ と一息ついた。
当日まで作戦が決まらない、というのが一番最悪の展開だがそれは回避出来た。
それだけでも少し心に余裕ができる。
「決まったのはいいけど、歌絲は朝食食べなくていいの?」
作戦会議中ずっと黙って聞いていた美音が不思議そうに問いかけてきた。
「え?だって食べ始めてからまだ10分しか経ってない……」
「はぁ?もう十分も経ってるんだよ?早く食べないとダメでしょ?歌絲の悪い癖だよ。時間に疎すぎるのよ」
心配して損したと言わんばかりに呆れた美音はサッとその場を立ち上がり食器を台所に持っていった。
全ては美音の為を思ってのことなのに……と返そうとしたが、図星すぎて何も言い返せない。
なんだか複雑な気持ちだ。
「………ごめんなさい」
渋々謝ったその時、ふと、横から何かの視線を感じる。
何か嫌な予感がした。
おそるおそる視線を傾けてみる。すると、そこには僕に対して卑猥な視線を剥ける雑貨屋の下っ端たちがいた。
「ちょ…ちょっとなんだよ!そんなジロジロと……」
「いやぁ……なんかお前が謝ってる姿見てると、癒されるって言うか……」
「は、はぁ?」
下っ端たちが発する言葉には動揺の一文字しか出てこない。同性である僕が謝る姿なんて見て何が楽しいのだろうか。
「い、意味分かんないよ!ねぇ、美音助けてくれよ〜」
「……」
「……み、みおん?」
美音に助けを求めたが、その美音は黙り込んで一向にこちらを向いてくれなかった。
「……ど、どうしたの?いきなり黙り込んで」
動揺しながらゆっくり声をかける。すると、美音は口を開き、僕に向けて大きな声で叫んだ。
「どうせ私より歌絲の方が可愛いんでしょ!」
「え、えぇ?」
聞いた瞬間、動揺で言葉が出てこなかった。
「だってそうでしょ!私がいる前でこんなにチヤホヤされて……一応私女の子なんですけど」
落ち着いて聞いてみれば、果てしなくどうでもいいことだった。何に怒っているのかさっぱり分からない。
「あ、いやぁ……でもそれとこれとは話が違う……」
「いいもん!私はどうせ歌絲以下なんだから。歌絲は大人しく視姦でもされてたら?」
「ちょ!そんな言い方はないでしょ……ていうか視姦なんて言葉どこで覚えてきたの……」
「ふんっ!」
美音は言い捨てるようにその場を立ち去ってしまった。
本当は怒らせるつもりはなかったが、僕の言葉は気に触れていたようだ。
「あーらら、歌絲くんも大変だね」
「いや!元はと言えばお前らが……うぅ……」
言い返そうとしたが、大人たちから向けられる卑猥な視線が痛い。こんな状態で飯は食うどころか、まともに会話することさえできない。
美音からの助けも望めず、困り果てていたその時、店長が突然大声で言い放った。
「お前ら!何変な雰囲気になってんだよ!ここからが本番だろ!美音を守り抜く!それが俺たちにできる唯一の事だ。それまでは気を抜くな。常に万事に備えるんだ!こういうのはその後にしろ!分かったな!」
それを聞いた雑貨屋一同は奮い立ち、全員で大声を上げ意気込みを始めた。
「て、店長ぉぉぉ……ありがとう!」
「いいって事よ。それよか、美音を連れ戻してこい。早くしねぇと大変だからよ」
店長の言葉に押され、僕は美音のあとを追った。