二十六話【優しい敵兵】
突然床が抜け落ち、そこに落ちてしまった僕たちは、現在宙を舞っている。
事前に床が抜け落ちていることを知っていた僕は、瞬時に落ち着きを取り戻していた。そして、僕は隣のマストルの姿を確認した。
「いやぁあああああああああぁぁぁ」
マストルは奇声を上げながら回転していた。いきなりの出来事に意識が追いついていないのか、正気の沙汰では無い様だ。
マストルの事を諦め、下を確認すると、何も見えないほど真っ暗で、目を凝らしても底を確認することが出来なかった。マストルは大丈夫だろうが、僕がこのまま行くと、骨折は逃れられないだろう。
最悪の事態を考え、着地のために足に異形質を張り巡らせようとした。しかし、何度発動の意を示しても、異形質は発動しなかった。
その時、突如手のひらに、謎の黒い紋章が現れ、そこから黒い糸のようなものが飛び出してきた。その糸は、素早く壁に張り付いた。僕は、運良くその糸に掴まれたため助かった。
心の底から安心したが、僕の異形質にこんな力は確認されていない。
つまり、今の現象は自分ですら理解出来ていないのだ。僕の異形質は、意識的に紋章を張り巡らせた部位を強化するもの、かと思っていた。しかし、こんな使い方もできたらしい。
少し思考を巡らせ考えたが、答えは分からず終いだった。
自分の力に謎が積もる一方、下からは、マストルの「いだァッ!?」という声が聞こえた。
「おーい、マストル。大丈夫?」
一応、マストルは生身での着地なので、身体への損傷があるかもしれない。状態確認の為に、心配の一声を叫んでみた。
「大丈夫な訳ねぇだろ!こっちは地面に直撃なんだぞ!」
こんなに元気な声が聞こえるのならばで安心だ。
マストルの安全確認もできたところで、一旦地面との距離を確認する事にした。マストルの声の響きから推測したが、案外深いものではなかったようだ。
落下の勢いがない今なら、余裕で着地できると思い、解除の意を心で念じた。すると、手のひらから出ていた糸が消え、僕は底へ落ちていった。案の定、地面との距離はそこまでなかったので安全に着地に成功した。
「ふぅ、よかった。二人とも無事だったね」
「いや俺は無事じゃねぇぞ」
「さて、出口見つけないとね」
「おい無視するな」
ふと思い出し、手のひらを確認した。
先程手から出ていた糸はおろか、浮かび上がっていた黒い紋章もなくなっていた。
どうやって、あのの力を発現させたのかは分からないが、今は触れないでおこうと疑問を捨てた。
「マストル、ここの地形は分からないのか?」
「知らねぇよ。地下にさらに地下があったなんて、親父からも聞いたことがねぇ」
マストルでも分からないということは、ノトスが直々に指揮して設置したものなのだろう。やはり、侮れない男だ。
しかし、地下の床の材質は先程の通路と変わらない石造りだ。何か特別なものでもなさそうだが、一体なんのために作ったのだろうか。少し疑問が浮かんだ。
「なぁマストル。ここら辺の生体反応を感知できるか?」
「もうとっくにやってるよ。けど、俺の感知では人っ子一人居やしねぇ」
マストルが感知できないなら人は居ないと考えてもいいだろう。しかし、人員も設置していないなら、この地下がある理由がますます分からなくなってきた。
考えこんでいる僕を見たマストルは、僕の背中を叩き、明るく笑った。
「悩んでもしょうがねぇよ。今は前に進むことが大切だろ?それに、こんな暗いとこじゃ考え事も捗らねぇ」
マストルはそう言うと、人差し指を上空に掲げた。すると、その手に光が灯った。
「神経が昆虫に近いものになったおかげか、こういうこともできるようになったんだぜ。何となくだから、制御は難しいんだけどな」
何となくできることではないと驚いたが、これもまた、マストルならではの応用技なのだろう。彼の天才さにはいつも驚かされる。
誇らしげに笑うマストルを先頭に、僕は足を進めた。しかし、いくら歩いても、出口が見つかることはなく、それどころか、光の一筋すら見ることができていない。
一直線の道しかないので、間違ってはいないと思うが、これではいつまでたっても無駄足だ。
しかし、先程から何かの視線を感じる。暗闇の中何も見えないはずなのに、感覚的に見られている感じがする。
「……気づいてるか?今の視線」
マストルもその視線に気づいてるようだ。僕たちはアイコンタクトを交わすと、次の瞬間、お互い逆方向へ走り始めた。
予想通り、視線はまだ感じる。僕は、本能で感じた場所に非常用短剣を投げた。すると、何かがぶつかったような金属音が辺りに響き渡った。
「………居るんでしょ?隠れても無駄だよ。位置は補足したからね」
軽くかまをかけ、敵の出方を探った。補足していた二人が分断した今、敵が出てくるには好条件だろう。それが狙いだ。
思惑通り、先程の視線の正体が姿を現した。
「へぇ〜、こんなあっさりバレてもうとは、驚きやな」
黒の軍服と迷彩色のマントに身を包んだ男は、ゆらりとした口調で話しかけてきた。背中にはクイーバーを背負っており、数本の矢が入っている。おそらく狙撃兵だろう。
しかし、何故狙撃兵がこんな近接の戦闘に対応してきたのか、先程の短剣をどうやって防いだのか、と複数の不明点があった。
だが、ここに兵が居たということは、出口があるのは必然的だ。
「いきなりで申し訳ないんですが、僕たち出口が分からなかったんだ。良ければ、教えてくれないかな?」
一度目は刺激せずに交渉に持ち込むことにした。先程攻撃をしたから、それに応じてくれる可能性は低いが、今後の安全を考えると、交渉は妥当だと判断した。
「ほぉ、やけに正直やなぁ……。ええよ、教えたげるわ。俺ちゃんやって、無駄な争いは避けたいしなぁ」
意外な返答だった。てっきり、断って襲ってくるものかと思っていたが、見当が外れたようだ。
しかし、この兵服はノトス隊のものだ。ノトス隊の兵士は、日々苦しい訓練と洗脳を受けているので、自隊を苦しめるような行動は絶対しないはずだ。
だとすれば罠か?とも思ったが、その男の言葉は、何故か信じられるような気がした。根拠はないが、何となくだ。
「いいんですか、ありがとうございます。では、お願いします」
僕が丁寧に返事をすると、男はにやけ顔で頷き、歩き始めた。
僕は、逆に走っていったマストルを大声で呼び戻し、男の指示のままに進んでいった。戻ってきたマストルも、男の説明を受け、納得している様子だった。
「そこ、危ないで。罠があるんでな」
男は、暗闇に設置されている罠も、丁寧に教えてくれた。まるで、敵兵とは思えないほどの優しさだ。もしかすれば、僕たちを味方と勘違いしているのだろうか。
(案内が終わったら人質にでもするか?)
(いや、拘束して置いとくべきだろう。あの将軍は部下を人質にした程度では動じないはずだ)
歩きながら、男にバレない程度の声でマストルと話をした。結果、案内が終わって、敵が油断したところで拘束し、尋問の末放置するという判断に至った。
数十分歩きいていると、道の曲がり角に光が指しているのが見えた。おそらく、あれが出口だろう。
「ここまでが出口への道でな。ここを出れば、先程の通路へ出られるはずや。ほな、安心して行ってらっしゃい」
男の案内は、最後まで的確だった。僕たちは、怪我のひとつ無く、安全に出口まで辿り着けたのだ。
僕たちは、役目を終え、去っていく男に一礼し、光の元へと走り出した。
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それと、マストルの異形質は「カピバラ」さんに提案&提供して頂きました。カピバラさんありがとうございます。




