二十五話【危機連発】
「えーと、まず聞こうか。なんでここに居るの?」
勢いでマストルを壁に追い詰め、全力の笑顔で質問する。マストルはその勢いに押されながらも、返答はしてくれた。
「いやぁ、な?……たまたまだよ!」
しかし、見ての通りその返答は本当に適当で、参考になる訳もなかった。納得の行かなかった僕は、さらに顔を近づけ、畳み掛けるように追い打ちをかける。
「へ〜、あくまでもしらを切るつもりなんだね。本物のマストルは外の捜索に出かけたはずなんだけどねぇ?」
「だから嘘だって言ったじゃないか!もうやめてくれよォ」
さすがに可哀想だと思ったので、解放してあげた。マストルは嬉々として僕に飛びついてきたが、適当に流した。
今は地下にある将軍室への捜索中なので、むやみに行動したり、大声を出すことは出来ない。こういう時こそ、慎重さが大切になってくる。
しかし、相変わらず呑気なマストルは、警戒もせず、左の分岐地点へと走っていった。無鉄砲はどっちなのかと言ってやりたいくらいだ。
結局、一人で捜索する訳にも行かないので、マストルについて行くことにした。
「ほんとにここであってるのか?」
「任せろ。親父から教わってるから地下の地形は大雑把だが把握済みだ。大船に乗った気でいていいぜ?」
ドヤ顔でガッツポーズを決めてくるマストルには少しイラッとした。
正直言って、信用出来ない。やる時はやる男なのだが、その”やる時”を見たのは、これまでで二回ほどしかない。心配は積もるばかりだ。
だが、案外道は順調に進んでいた。間違えることなく、安定していた。やはり、美音専属使用人の名は伊達では無い。
二十回ほど分岐を曲がった時、マストルは突然、その場で止まった。
「なに?いきなり止まったりして」
「しっ、少し静かにしろ。ここの兵が来たかもしれねぇ」
僕も耳をすましてみるが、何も聞こえない。マストルだけが聞き取れているようだ。
「よっし、確認できた生命反応は二つ。二十秒後にここに曲がって来るから、来た瞬間やるぞ」
マストルが指示を出す。その情報が正確なものなのかは分からないが、ここはマストルを信じてみることにした。
曲がり角で隠れて様子を伺っていると、予想通り、少し経ってから二人の兵が歩いてきた。
僕は、相手の視線が正面から逸れた瞬間を狙い、その刹那、敵の懐に入り込み、渾身の突きをお見舞いしてやった。
だが、兵は予想より弱かった。僕が一々瞬間を見極めずとも、兵は僕に気づいていない様子だった。マストルは、力任せな一撃を下腹部に向けて放ち、兵を天井に殴り飛ばしていた。
倒し方に圧倒的な差があることが気に食わなかったが、先程の戦いを振り返ると何も言えなくなった。
兵を瞬殺した僕らは、再び目的地に歩き始めた。しかし、その最中で、気になっていることが一つあった。
「ねぇ、気になってたんだけどさ。マストルって異形質の事、最初から知ってたよね?」
突然の質問だった。だが、ここで真相を突き止めておくのは悪いことではない。僕の刺突を止めたのも、異形質と関係があっての事だろう。
マストルは、再び頭をかき、僕の方を向いて話し始めた。
「……バレるよな、そりゃ。でも、お前の突きは良かったぜ」
一見して楽観的な態度だが、言葉から真剣さが受け取れた。
「……俺は生まれつき異形の力を持ってる。マキ様から昔教えて貰ったんだが、どうも強力なもんだったらしく、みんなには黙ってたんだよ」
「やっぱりそうか。どうりであんな簡単に刺突が止められるわけか……。どういうものなの?」
「ふふふ……いいだろう、説明しよう!」
マストルは誇らしげに自分の異形質について語ってくれた。
「俺の異形質は、言えば危機対応能力がめっちゃ凄くなった感じなんだよ。んで、俺がその力を鍛えすぎたせいか、神経だけが”昆虫”に近いものになってたんだとよ。意味わかんねぇよな」
これは、エネットの異形質測定によって出たものらしく、「めっちゃ強いし便利」だそうだ。
当の本人は、この強さを理解出来ていないが、使いこなせてはいる。これも天才肌ならではの所業なのだろうと思い、納得した。
「じゃあ、さっきの兵に事前に気づけたのも……」
「ああ、聴覚とか視覚が神経を通じてめっちゃ凄いことになってるからだよ」
本人曰く、昆虫に近しきものになった影響は、身体能力にも現れているらしい。僕の刺突を止められたのも、そのおかげだと言う。
いくら強いと言っても、限度があるだろうと驚きを通り越して呆れてしまう。でも、これなら、もしもの場合でもあの将軍にも勝てるかもしれない。
「分かっただろ?じゃあ、気を取り直して行くぞ。覚えてる通りだったら、あと数分歩いたら着くさ」
僕はその言葉を信じ、再び道を歩み始めた。マストルの言葉は異形質を説明してもらったからなのか、妙に信憑性を帯びていた。
そして、歩き始めて七分が経過し、僕たちはようやく、ノトス軍の本拠地に辿り着いた。
本拠地には灯りが点っており、人気はあまりなかった。
「ほうほう……それは誠か?」
「真実でございます。このことはくれぐれもご内密に……」
中から聞こえるのは、聞きなれたノトスの声と、声の低いもう一人の男の声だった。
何やら怪しい会話の最中のようだ。おそるおそる近寄って見ても、会話はよく聞こえない。だが、良いことでないことだけは確かだった。
僕たち二人は、ゆっくりと入口に近づき、その話をさらに詳しく聞こうと試みた。
(よし、いいぞ。もう少しで聞こえる)
あと少し進めば、会話が聞こえるまでになる。そう思い、マストルの方を見た。
すると、マストルが口元を手で抑えているのが見える。
「何やってんだよ。こんな時に」
「ちょっと待って、くしゃみが出そうなんだよ……!」
こんな大事な局面でくしゃみなど、あってはならないことだ。ここでバレてしまえば、全てが終わってしまう。僕は必死にマストルの口を抑え、音を極力抑えようしとした。
「っくしゅッ!」
結局、少し音が漏れてしまった。
「なんでしょうかね……今の」
ノトスが警戒の言葉を発している。少しバレてしまったのかもしれない。僕は、マストルの手を引き、必死にその場から走り出した。
「馬鹿野郎!なんでこんな時に限ってくしゃみなんかしてるんだ!」
「しょうがないだろ!抑えられないもんは抑えられないんだ!」
バレていないのを祈りつつ、僕たちは来た道を戻って行く。しかし、戻ってくにつれ、先程と道が異なる感じがした。
曲がり角にあった兵士たちの姿もなくなっている。信じ難いが、道が変化しているのだ。
「なぁ、これさっきの道とあってるのか?」
マストルがおそるおそる問いかける。そんなの僕が知りたいくらいだ。あの時、マストルがくしゃみさえしなければこんなことには、と思いながら僕は黙々と道を進んで行く。
すると、先程まで走っていた床がいきなり抜け始めた。僕たちは一目散に逃げ出したが、反応が遅れたおかげで、その床の底に落ちてしまった。
「ああああああぁぁぁぁぁぁ」
「ぎゃぁぁあああああああああああ」
遠くなっていく自分の声を聞きながら、僕たちは床の底へ落下して行った。
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