二十二話【悪夢と幸せ】
申し訳ございません
「───美音?」
なんと、僕の隣にいた謎の柔らかいものの正体は、この国の女王にして僕の妹である、奏峰 美音だった。美音は何か寝言をいいながら、すやすやと寝ていた。
僕はあまりの衝撃に、勢いよくベットから落ちてしまった。
夢を見ているのでないのだろうかと、自らの頬をつねってみた。とても鮮明な痛みが肌をはしる。どうやら現実のようだ。
しかし、現実であるのが全く良くない。夢ならまだ許せたが、現実なら取り返しのつかないことになりかねない。一国の統治者が、一端の使用人の部屋で寝ているなどあってはならない。
しかも、意識がないので、その意図を確認することも出来ない。これでは僕が女王を拉致ったという事になってしまう。
前世でもこういう事はあったが、それは全て彼女の任意下で行われたことだし、今生は美音の直属でもないので、ここにいる理由がない。
謎の状況に冷や汗と動揺が止まらない。頭を抱えてもどうしようもないが、そうせざるを得ないほど、内心焦っていた。
一つ分かることは、ここで美音を起こしてはいけないということだ。ここで美音が起きてしまい、変な誤解を持たれれば、即ギロチンだ。
しかし、その次がどうすればよいか分からない。誰かに助けを求めることもできないし、ここから逃げることもできない。
どう転がっても最悪である。
「んん……うぅ」
突然、美音が呻きだした。最初は、何か悪い夢でも見ているのか思ったが、その苦しみ方の尋常さに危機感を覚えた。病気か何かに侵されているのかとすら思ってしまうほどだ。
その姿は見るに耐えないものだった。見ているだけで、こちらも胸が痛くなる。
僕は勢いに身を任せ、部屋を飛び出した。ここから少し行けば医療室がある。そこで医療関係者を呼べば、何とかなるかもしれない。
誰かにバレる。そんな事は頭になかった。ただひたすら走った。自分の心配など、とうの昔に置いてきたではないか、と。
だが、いくら走っても、大廊下を抜けることができない。
何かがおかしかった。
いつもなら、とうに着いているはずの医療室が見つからない。
いつもなら、誰か見回りを行っているはずの場所に誰もいない。
いつもなら、着いているはずのシャンデリアに光が灯されていない。
「誰か!誰かいませんか!」
叫んでも叫んでも、その声は闇の中に消えるだけ。誰にも届きはしない。
「女王様が……美音様が大変なんです!」
更に大きな声で叫んだ。だが、結果は変わらない。虚無のごとく静かな王宮は、風の一つすら感じることができない。
「お願いだ!誰でもいいんだ!誰か助けてくれ!」
荒くなる息と、枯れていく僕の声。もう叫びすぎて声も出なくなりそうだ。ここで止まってしまいたい、倒れてしまいたい、行くと度もなく現れた苦悩を押しのけた。
「誰か……誰か助けてくれよ!見捨てないでくれよ!」
絶叫した。何度も何度も、潰れた声を振り絞り叫んだ。ついに、その声は反響すらしなくなった。
無意味なのかもしれない、無駄なのかもしれない、頭でそんな言葉がチラつく。
「歌絲……」
ふと、後ろから僕を呼ぶ声が聞こえる。懐かしい声だ。優しくて、温かくて、いつも傷ついた僕を包んでくれた人の声。
「美音……?」
振り向いたそこには、先程とは違う、王国に攫われた当時の幼い彼女が立っていた。
一瞬混乱したが、そんな事どうでもよかった。瞳からは涙が溢れてくる。止まることはできない、逃げることはできない。全てを投げたして、その姿を目指して走った。
しかし、抱き抱えようとしたその体は、僕が触れると灰のように消えた。僕はその場で泣き崩れてしまった。そのまま、美音と二人で消えてしまいたかった。
「なんで……君は僕を置いていくのさ……」
悲痛な呻き声が王宮中に響き渡った───
「────アルト?」
僕の意識は、全て引き戻された。
隣には、僕が仕える主君のヘヴンが座っていた。どうやら、夢を見ていたようだ。
だが、先程の夢で起きたことは、鮮明に覚えている。あの夢は何を表していたのか、理解の及ぶ境地にはなかった。
ただ、分かるのは、あの夢はただの夢ではないということだ。
誰かが見せたものなのか、それとも、自分自身が見せたものなのか、詳しくは分からない。しかし、それだけは本能的に感じていた。
「大丈夫?顔色真っ青よ」
ヘヴンは心配するように言う。そう言われて体を見てみると、シーツは汗で濡れ、掛布団は暴れた衝動で、そこら辺に散乱していた。現実でも、魘された反動があったのだろう。
「……大丈夫ですよ。心配には及びません」
だが、ヘヴンに心配は掛けられない。この場を誤魔化すため、適当に答えた。しかし、内心は焦ってばかりで、安心できる状態では決してなかった。
「そう、ならいいんだけど。何回ノックしても出てこないから勝手に入ってきちゃった」
何故ここに彼女がいるのかと言うと、前日の夜勤は、元々彼女を護衛する担当に入っていた。しかし、仕事が忙しかったため、ほかの護衛兵と代わってもらったのだ。その晩、彼女は僕が来なかったことを気にかけ、自らこちらに出向いてきた、という訳だ。
最近の僕は、仕事を休んでばかりだ。ここに置いてもらえていることが不思議に思うほど。起き掛けの今だって、少し気分が悪い。
ヘヴンは僕を見て、色々と改善策を練ってくれてるけど、それが回復に繋がることは無かった。
黙っているだけの雰囲気は重くなるばかりだ。その沈黙を切り開いたのはヘヴンだった。
「まぁ、せっかく来たんだからさ。トランプとかしない?」
女王の提案にしては幼いものだけど、僕は彼女のこういうところが好きだ。
「いいですよ。でも、僕案外強いので」
「ふふ、負けないからね。まずは……大富豪とかどう?」
この二人きりの場で、何故大富豪を選択したのかは分からないが、否定する理由もないので承諾した。
「いいですね。じゃあ、準備しますので少々お待ちください」
僕は、書物棚の最上段にあるトランプをとって来て準備を始めた。このトランプは、彼女との思い出の品だ。トランプをきる事に、その感触が思い出される。
「はい、じゃあ私から行くわよ。4」
「僕まだ3出し切ってませんよ。とりあえず5で」
相手の手札が分かってしまう大富豪では、出し合いを間違えると負ける。相手の手札の残りを伺いながら戦わなければいけない。
「なら、8!から10を出して4を捨てる!」
「なら11で行きます」
「えぇ〜!」
彼女はこういう駆け引きが苦手のようだ。初っ端から飛ばしすぎている。
結果的に僕の圧勝で終わったが、彼女は負けたことに関して悔しがっている訳でもなく、むしろ笑っていた。
「ははは!楽しいね。トランプなんて久しぶりにやったよ。ありがとう、アルト」
楽しくやってくれたので結果オーライだ。
「じゃあ、もう一戦どう?次はわたしが勝つからさ」
「負けませんよ」
いつの間にか、僕もその雰囲気を楽しんでいた。時間すら忘れるほど、ヘヴンと過す時は幸せに満ちていた。この時間がずっと続けばいいのに、そう思った。
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