十九話【手遅れ】
美音に勢いのまま手を引かれ、王の間まで連れてこられた。これから何をされるのか、大体検討はついている。
今は、その予想が的中しないことを祈るのみである。
美音は、僕の近くに駆け寄ると、僕を隅々まで探り始めた。前世でお馴染みの顔が浮かぶ。
この顔を見るのは約2年ぶりだが、嫌な予感がしてならない。この顔、この手引き、この状況、あのシーンの条件と合致する。
連れ去られた王室の中、その嫌な予想は的中してしまった。
美音は自分の服棚から、幾つか服を持ってきて、僕に着ろと言わんばかりに押し付けてきた。これは、前世の仕え始めにやられまくった”着ろ着ろ攻撃”だ。
「貴方ね、私にそっくりなのよ!だから、この服を着れば、私と入れ替わってもバレないくらいになるんじゃない?」
輝かしいその笑顔に悪意は全くない。それ故、余計タチが悪い。こうなると、絶対に断ることはできない。ある程度気に入られていた前世なら多少断ることも可能だが、彼女との面識が初めての今人生、断ろうものなら直ぐに首をはねられるだろう。
心の中で、泣きたい感情を無理やり押し殺した。正直、この場で泣きたいが、今の美音にそれは逆効果だろう。
渋々着替え室を借り、拝借(強制)した服を着る。嫌々拝借した服を見ると、前世で拝借(強制)したものと同じではないか。つまり、これからこの服を着るということは、同じ服を二回着る事になるのだ。
これほどの辱めを平気で行ってくる美音の無邪気さには、色んな意味で涙が止まらない。
「どうじゃ?そろそろ、準備が終わってもよい頃かの?」
「い、いやぁ……もう少しお待ち頂けないでしょうか?」
ここで時間稼ぎをすれば、中々来ない僕をヘヴンが探しに来てくれるかもしれない。だが、ミナルがそばに居るので、その希望が雀の涙ほどの可能性でしかないことは、承知の上だ。
「もういいじゃろう!あまり妾を待たせるでない!」
予想以上の着替えの遅さに痺れを切らしたのか、少し怒っている。逃げられないことを覚悟して、着替え室のカーテンを思いっきり開けた。
辺りには風が舞い、僕の醜態が一気に晒された。華やかな黄色のドレスに身を包んだ僕は、美音そっくりの男の娘になっていた。美音はビックリしたのか、一瞬固まっていた。だが、直ぐに自我を取り戻すと、僕に抱きつき、歓喜の声で叫んだ。
「信じられない!見た時から似てるとは思っていたけれど、これ程とは思ってなかったわ!」
とても幸せそうな顔だ。
(嗚呼、神よ。僕は何故泣いてるのだろう)
一方の僕は、心の中が悲しみと恥ずかしさで溢れていた。大好きな美音に抱きつかれている。本来なら幸せのあまり、そこら辺に意識が飛んで言ってしまう。だが、今は色んな意味で泣きそうだし、違う意味で意識が飛びそうである。
この姿を、ほかの従者やヘヴンに見られたらお終いだ。この王宮で華やかな従者人生を送るためには、この姿を他人に知られる訳にはいかない。
そのためには、早急にこの姿から元の従者に戻らなければならない。だが、勝手に着替えて美音の気に触れたら、処刑されてしまう。そう思い、美音に許可を要請した。
「美音様……そろそろ着替えてもよろしいでしょうか?」
「ダメじゃ。こんなに私と似ているなんて、奇跡としか言いようがないわ。これはみんなに知らせるべき情報よ」
(はい……知ってました)
前世でも同じことを言われたのを、今でも覚えている。あの時は散々だった。
僕と美音の関係を知っている侍女長はいつもの冷静さを保っていられず、腰を抜かすほど笑っていた。ミナルに関しては、僕と美音を真面目に間違えていた。他の従者の中には、僕を女と間違えるものもいる始末だった。そんな奇想天外な事件の後、王宮には僕に女装趣味があるという噂が囁かれ、一時期、僕を弄るためのネタにされていた。
その時、僕の頭に衝撃が走った。このタイムリープは、こんな悲劇(?)を繰り返さないためのものではないか。僕の恥ずかしい過去を変えるためにも、ここでの醜態披露は防がなければならない。そう心に誓い、一旦、その場を離れることだけを考えた。
「非常に申し上げずらいのですが、僕は王室の掃除を任されておりまして、そろそろ業務に戻らなけれならないのですが……」
「そんなの中断すればいいじゃない。それに、貴方には新しい業務があるでしょ?」
美音に見つかった地点で、もう手遅れだったのかもしれない。その表情は全てを語っていた。業務をチラつかせても、それすら無視されるのなら、この悲劇は受け入れるしかない。
*
「…………終わった」
ヘヴン宛の荷物を腕に抱えながら、大きくため息をついた。大廊下では、僕の噂話をするものの声があらゆる方角から聞こえてくる。軽い人間不信に陥っているのかもしれない。
昨日、美音の純粋な好奇心により女装させられた僕は、結局、王宮内にいる者たちの前で、その醜態を晒されることとなった。
周りの反応は前世と変わっていなかった。ヘヴンに関しては、自分の義姉が2人に増えたのかと、本気で勘違いしていた。
また前世通り、僕が女装趣味があるという噂が流れると思うと、気が遠くなった。
「そんな顔してもなんにもならないぜ。あれはアルトの顔が美音様と似すぎてるから悪いんだ」
「それはあんまりだよ」
僕に慰めの言葉を掛けてくる彼の名は、マストル=ディーヴ。美音専属の使用人の一人であり、僕の仕事仲間だ。
マストルの一族は、代々この王宮に仕えているおり、古くからこの王へ忠誠を誓っている。彼は、そんな一族の末裔で、五人兄弟の末っ子だ。兄弟の中ではやんちゃな方だが、仕事は抜かりなくこなす、やる時はやるタイプの男だ。
前世では、同じ美音専属の使用人だったので、親交は深かった。今生初めての出会いは、女装趣味事件勃発後の休憩時間だった。
僕が、死んだ魚の目をしながら休憩時間を過ごしていた時、「俺は悪くないと思うぜ」と、同情にも聞こえる励まし(?)の言葉を掛けてくれたのだ。
その様子を見たメイが、僕の精神復帰までの間、僕の仕事をサポートするようにと、マストルの配属を一時的に変えてくれた。そうして、今に至るという訳だ。
「クヨクヨしててもしょうがねぇよ。それだから女々しいとか言われるんだぞ?」
「女々しいなんて言われてないよ……」
マストルの余計なフォロー(?)によって、さらに精神状態が犯されてる現状に再度ため息が出る。前世では3週間ほど続いた噂が、今生はどれくらい続くのだろうと思うと気が重くなる。
今生もついてない。そう思いながら、見慣れた大廊下を二人で歩いた。
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