十五話【従者の心得】
「隠しててごめんね。私はこの国の第二女王にして、元国王エドマスの娘、ヘヴン=エドマスと申します」
ヘヴンはゆっくりとお辞儀をしながら言う。見た感じ、言っていることに虚実はない。どうやら本当の話らしい。
しかし、ヘヴン=エドマスは聞いた事のある名だった。前世では、エドマス王とともに亡くなったとされているが、詳細は知らない。恐らく、美音の計略に巻き込まれて亡くなったのだろう。
だが、現にこうして目の前にいるということは、何らかのキッカケで未来が変わっているのだ。
となると、今まで女王様とタメ口を聞いてた僕は、単純に死刑になってもおかしくない。大臣ならともかく、最上級の位をもつ王族に無礼などあってはならない。
死を覚悟の上、ただひたすらに祈った。ここでこの人生を終わらせる訳にはいかない。
「メイ、この方には飛びっきりの部屋を用意してあげてね。後、私の直属にするよう仕込んでおいて」
「畏まりました。……さぁ早く来なさい、貴方の部屋は決まっているわ」
祈りが届いたのか。処刑されることなく難を切り抜けられた。これも、あの時彼女に乾パンをあげていたお陰なのだろうか。
メイの言われるがままに着いていくと、すごい高級そうな部屋に案内された。ここは僕が前世で使っていた部屋と同じだ。
「貴方は今日からヘヴンお嬢様直属の使用人として働くのよ。ここは貴方の住み込み部屋、家具は自由に使ってくれて構わないし、壊れたら取り替えも可能よ」
淡々と続けるメイの話は前聞いたものと全く同じで、言い慣れたような言い方も変わっていない。
メイは要件を言い終えると、早々く去っていった。まだまだすることがあるのだろう、侍女長も楽ではない。
自分より数段大きいベットに身を投げ、目を閉じる。
前世でここに来た時は、驚きのあまり空いた口が塞がらなかったのを思い出す。美音が何度もこの部屋に逃亡してきて、その度、王宮中がパニックになっていたこと。疲れて動けない時、他の従者達との雑談で盛り上がった事。全てが懐かしく感じる場所だった。
だが、懐かしがっているのも今のうちだ。ここの使用人として働くことはできたものの、美音ではなく、ヘヴン直属の使用人になってしまったので、今後何が起こるか予想ができない。
そもそも、将軍の裏切りを止めると言っても、具体的に何をすればいいのか分からない。美音ならある程度の証拠で犯人としてでっち上げることは可能だろうが、今の僕は証拠もなければ美音に認知すらされていない。
前世であんな幅の聞いた行動ができたのは美音のお気に入りだったからだ。彼女に認知されていない今、僕の行動範囲は通常の使用人と変わらない。
今すぐにでも行動したくてもできないもどかしさに、少し腹が立ったが、冷静になる他なかった。
「どうすれば美音に近づくことができるか……
それ以前にヘヴンお嬢様が美音とどういう関係にあるのか調べないと」
今はヘヴンの直属なので、美音を第一に考えるのは少しよくない。一旦、ヘヴンとの関係を良好化させ、そこから美音に繋げることを計画した。
そうでもないと、美音に近づく前に、ヘヴンに捨てられるかもしれないからだ。それだけは避けねばならない。
だが、今深刻に考えられることではない。僕はメイのことをあまり知らないからだ。当分はメイに集中することにした。
そう決まると溜まっていた疲れが一気に押し寄せた。目は閉じていたので、そのまま寝てしまおうと思った矢先、ドアからノックの音がした。
急いで外へ出てみると、そこに居たのは、僕を直属使用人として雇ってくれたヘヴンだった。あまりにも急な来客に驚いたが、女王の前なので、適切に対処しなければならないことは変わらない。
「えと、こんな夜遅くに、何か御用でもありますでしょうか?」
言葉が少しおかしかったが、テンパっていたので改善のしょうがない。焦りつつも冷静に対応すると、彼女はズカズカと部屋に入り、ベットの横にある椅子に座った。
「緊張した?私の正体、気づけなかったようね。いいわよ、貴方と私の仲じゃない。あの時みたいに気楽でいいのよ。ご主人様」
からかっているのか、まだご主人様設定を使って話している。そんなところが彼女らしいが、一国の女王の前では素直に笑うことすら出来ない。
更には、ヘヴンの性格はよく分かっていないので、下手に話しかけることすら出来ない。
だが、あの時みたいに、僕を試しているかもしれない。それを確かめるべく、覚悟を決めて話すことにした。
「君はあの時、僕を試しいたんだろう?」
聞きたいことは率直に短く、簡単に。美音の時の話し方でやれば何とか切り抜けられるだろうと思った。
「そうよ。私はあの時、私に相応しい人材がこの国に埋もれていないか確かめるために、わざと演技までして単独調査に向かっていたのよ。メイには止められてたんだけどね」
驚きの事実だ。女王自らか自分の従者を探しに街に出るなど聞いた事がない。しかも単独でだ。どうやってメイの目を掻い潜ったのかは不明だが、そんなこと気にならないくらい驚いた。
「女王自らですか!?それはまたどうして?」
「私が探さないと始まらないからね。この国は起動力が弱点だから、誰かに命令されないと動けないのよ。例外はいるけど……」
例外というのはおそらく、メイとバルディナスのことだろう。バルディナスは、この国が誇る最強部隊”光英団”を率いる男騎士だ。万能で多彩な彼は、他外国からも重要視される逸材で、この国の発展に大きく貢献してきた。先代の王エドマスも、軍事問題に関しては、彼に頼りっきりだった。
前世の彼は、美音に謀反の罪を着せられ、死罪となった。今生きているかは分からないが、今回は二年早く王宮に来ているので、まだ生きているだろう。
バルディナスは、僕が使用人として人生の幕を閉じた日から丁度一年前のあるの日に処刑された。だから、前世のスパンで考えると、最低でも、あと一年は猶予がある。
「……それで、貴方は私の試験に合格したって訳。分かった?」
「え。あ、はい」
僕が考え事をしている最中に何か話していたようだ。おそらく、試していたことに関しての話しただろう。これで気を使う必要がないと思うと、少しホッとした。
「まぁそういうことだから、今後ともよろしくね。あ、でもメイとか他の使用人の前ではしっかりしなさいよ。二人きりとは勝手が違うからね」
「分かってますよ。お嬢様」
「ふん、いい心掛けだわ。精々頑張りなさい」
ヘヴンはそう言うと帰って行った。果たして、これでよかったのだろうか。疑問は募るが、ここで考えてもしょうがないと思い、今日は寝ることにした。
やけに目覚めの悪かった次の日の昼頃、王宮中に怒号が響いた。
その時僕は、メイの説明の下、王宮内で必要なことを習っている最中だった。
突然の叫び声と怒鳴り声に、侍女長と僕はその声の根源へと走り出した。その声は、なんと王の間からするのだ。誰かが女王の機嫌を損ねたのだろうか。そこに居たのは意外な人物だった。
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