百一話【消失】
マキの言葉を聞いた二人組は茫然自失としていた。
「……ノーディラス、どうしよう」
「……焦るな、まだ負けた訳ではない。我々が賜ったのは名声だけではないことを証明する時だ……」
証明する時……か。何かしら仕掛けてくるのか?それとも、まだ奥の手があったりするのか?
気になってその行動を凝視していると、ノーディラスが動いた。
さすがに来るか。
「……フッ、降参だ」
「……え?」
「聞こえなかったか?降参だ と言ったんだ」
コイツは何を言っているんだ?この状況で降参する?バカにも程度というものがないのか?
「……いやいや、さすがにうそですよね?」
「嘘ではない。我々の負けだ」
ええー と心の中で叫ぶ。いや現実でも叫ぼうと思えば叫べるが、マキの目の前でそれをするのは些かお粗末である。だからやめた。
「……本当に降参するんですね?」
「おう!」
ヘイヴが元気な声で言う。それでは、今までの戦闘は全て茶番だった と言わざるを得ないようなものだ。
助かったから結果的には良いが、これでは腹の虫が治まらない。
「……アルトさん、今までのなんだったんスかね」
「……僕に訊かないでよ」
マキですら呆れている。これは救いようがない。
しかし、降参なら受け入れざるを得ない。無益な殺傷はしないのが人間としての当たり前だ。
「ふ、納得してくれたかの?」
「嫌でも納得はしますよ……気に食わないのは確かですが」
「カーカッカッカッ!少年よ、戦いは生き残れば勝ちなのだ!」
ヘイヴが高らかに笑う。もう見たくもないアホ面だ。
「……まぁ、折角和解した事だ。握手の一つしてからお開きとしよう。悪いが、こちらに来てくれないか?」
「……何故です?」
「いや早、先の爆撃で体力を使い果たしてしまったのでな。動けんのだ」
最後の最後まで情けない奴らだ。敵の言葉に従うのは癪だが、怪我人を動かすのは敵とはいえ気が引けた。
「……分かりました。待って下さい」
ついてこようとするマキを制止し、二人組に向かって足を進めた。その時は怪しい感情など一切感じなかった。
”その時”は、だ。
気づいた時は、もう遅かった。
「ククク……ハッハッハっ!二度とならず三度まで掛かってくれた事!感謝するぞ使用人!」
歩いていた地面が眩い光に包まれる。我ながら情けないが、今回も罠にハマってしまったらしい。
しかし、今回のは何故か発動が遅い。これなら逃げられる。
「はっ、逃げられるとお思いか!」
その場から離れようと足を急転換させようとした。しかし、足が、というか体が動かない。
「な……なんでッ……!」
「ははははは!見誤ったな、少年!」
ノーディラスは動揺する僕を見て、それを嘲笑うかのように言う。
「我ら二人の力はそれぞれ二つ存在するのだ!お前は我の巧みな策戦に騙され、無様にもそこで縛られているという訳だ!」
「なん……だって……!」
有り得ない。通常、異形質は一人一つしか得ることの出来ないものだ。
それ以上を持つと体が異形に侵食され、やがて死に至る。昔エネットに借りた本にそう書いてあった。
しかし、目の前立っているノーディラスは、実際に二つの異形質を行使している。予想外すぎる事態だ。
「驚いて声も出んか!情けないのぉ!こんなやつに護られている女王の気が知れんわ!」
ノーディラスの一言に、僕は心を貫かれた。動作を封じられた今、僕は役立たずの木偶の坊だ。
男の言うことが最もに聞こえた。
「……そうだよな。結局、僕は無駄にするんだ」
僕はもう助からないのか……そう思うと、ふと、そばに突っ立っているマキが視界に入った。
「何やってるんだ、マキ!逃げないと道ずれにされるぞ!」
僕は助からないとしても、マキだけは生かさなければならない。この二人組の情報をいち早く誰かに伝えなければならない。
「……アルトさん」
「……何やってるんだ!早く、早く行ってくれ!」
何度も何度もマキに叫び掛けたが、マキは一歩たりともそこを動いてくれなかった。
「クハハハハハ!恐怖しすぎで怖いという感情を失ったのか!?哀れな奴だ!」
「本当だなぁ!全く、これだから王宮の使用人は使い物にならんのだ」
動けたのならば、こいつらをぶん殴ってやりたい。だけど、今はそれすら叶わない。
「……マキ、お願いだ。逃げてくれ」
無力な僕でも、逃走を促すことはできる。死に戻っとしても、マキが死ぬなんてのは嫌なんだ。
もう、誰も失いたくないんだ。
「……心配しなくてもいいんスよ。アルトさん……歌絲さんはもう何も失わないッス」
「……え?なんで心の声が……」
「私の異形質を忘れたんスか?最近は世界剣さんに役目取られがちッスけど、私だってできるんスよ」
マキはそう言うと、二人組に手をかざし、こう言った。
「ココロが壊れるほどの孤独を味わい、地の底に堕ちろッス」




