7.代行者
きらきらと輝く、魔力の光。少女の手からあふれ出る淡い光が傷口に触れると、まるで時間が戻って行くかのように傷がふさがって行く。
初級の回復呪文とはいえ、その効果は絶大だった。完全に傷のふさがった腕を動かすと、違和感は全く感じられない。
「大丈夫……ですね」
ほっとした様子で、クラウディスが腕を下ろす。心配そうに見ていたキアの母親が、ありがとうねとクラウディスの頭をなでた。
その光景だけ見ていれば、まるでその二人は親子みたいだ。戸惑いながらも、クラウディスはほんの少し微笑む。
「――あいつら、一体なんだったんだ?」
悪いとは思ったが、キアは先程の男女――アルトと、アスタロトと名を呼びあっていた二人の事を問う。
少なくとも、知り合いでなくてもクラウディスはあの二人の正体を知っているようなそぶりだった。
「あの二人は……レディエンスの、代行者です」
――代行者――
聞いた事のない響きだが、それでも良いものではないと本能で理解する。
いったいどういうものか尋ねようとすると、意外なところから解答が帰ってくる。
「『神の代行』か……」
「父さん?知ってるのか?」
その場の全員が、恰幅のいい父の目を見る。いつも能天気なはずの父親の表情は、このときばかりは真剣だ。
「こんな田舎ではあまり耳にする者もいないだろう。
代行者というのは、レディエンスに古くから伝わる『神の代行』という習わしを遂行する人間のことだよ」
神の代行――どういうものかは知らないが、父の表情を見るに恐らく全く良いものではないのだろう。
「……神の代行というのは、たとえば不老種族や亜人のような、普通の人間ではない人たちを『浄化』すること。
平たく言えば、人殺しと言って差し支えないものです」
「……なんで、そんなこと?」
父親に次いでクラウディスが告げた事実は、衝撃的――と言っても恐らく差支えないだろう。
聞いた瞬間に、なぜという疑問が口から飛び出していた。
「レディエンスの宗教体制のせいだろう。
あの国では、純粋な人間以外は人として認めていないんだ。それと疑われた人間すら抹消するのがあの国のやり方でな。
なぜあの国が神の代行を励行しているかは、実際のところ解っていない。クライストとレディエンスの仲が悪いのも、一つはこれが原因とも言える」
ますます理解ができない。というよりも、理解する気にはなれない。
他と少し違うから、簡単に殺すなんて言う発想は普通ならあり得ないものだ。
「……エルフや亜人、不老種族やその混血、そう言った人たちは、殺害の対象なの。
そして、そうであるかも知れないと疑われた普通の人間でも、代行者たちは容赦なく殺してしまうの」
「そんな、何も悪い事をしてないのに殺されるなんて――」
それが、レディエンスのやり方なのだ。
悲しげに頭を振り、クラウディスは呟いた。彼女が一体どういう思いでそう言ったかは、推し量るべきことなのだろう――
「――ごめんなさい。貴方を巻き込んだようなものですよね。
わたし、もう行きます……これ以上、皆さんに迷惑はかけられないもの」
寂しそうに微笑んで、クラウディスはキアの横を通り抜ける。
この子を一人で行かせてはいけない――
なぜか、強くそう思った。
それを自覚する前に、クラウディスの腕を掴む。驚いた様子で振り返る少女は、困惑の色を瞳にのせている。
「――待てよ。追手が来ないとも、限らないんだろ?
さっきのあの女、逃げられないって」
「……大丈夫です、少なくとも、あんな強い人たちがこちらに来るのはごく稀なことです。
普通はレディエンスから出る報奨金目当ての盗賊や賞金稼ぎにしか出会いませんから」
危険なことには変わりがない。それに、人里を離れてしまえば魔物の脅威だってあり得るのだ。
少女の腕を握ったまま、キアははっきりと意思を持った声で囁いた。
「それでも、君ひとりじゃ危険だよ。
――俺も一緒に、クライストに行く」