4.襲撃
「ここはもう、クライスト領なのですね」
食事が終わって談笑していると、クラウディスがそんな質問を投げる。
自分のいる場所の事が気になったらしい。――必死に逃げて来たんだろうから、そりゃあそうだろうな――思いながら、キアは「そうだよ」と頷いた。
「正確には、クライスト領とレディエンス領の国境近く。クライスト側には間違いないよ」
丁度よく母親が地図を持ってきて、キアは現在のヴィントの村の位置を指で示す。
「――こっちに行くとネクロミリア。クライストは、ここだな」
地図の上を軽く指でなぞって説明すると、クラウディスは小さく頷いて、クライストは遠いのですね、と。
確かに、どちらかというと北側の端にあるこの村に対して、クライストは真逆の南側だ。辿り着くには、領土の端から端を渡らないとならない。
「もしかして、クライストに向かってるのか?」
「……はい。どうしても、逢わないとならない人がいるんです。大事なものを、渡さないといけないんです」
俯いて、クラウディスは目を伏せる。何かを決心しているような表情は、それでもまだ疲れを感じさせる。
「――そっか。でも、今日は休んで行きなよ。まだ随分疲れてるみたいだし」
「え……?でも……」
驚いた様子で顔を上げるクラウディスに、キアは暗くなり始めている窓の外を指さす。
「このあたりはもう、今から外に出るには物騒だよ。狼もいるし、朝方君を襲ったような魔物だって多分まだまだいる。
それに、ここからは馬車も通ってないんだ、ネクロミリアまでちゃんと体力を温存しないと、とてもじゃないけどクライストまではたどりつけない」
流石にそこまで言えば、彼女も冷静にならざるを得ないらしい。また少し俯いて、クラウディスは視線を迷わせた。
ご迷惑では――そんな目をしている。
「まあ、まあ。せっかくのお客様なんだ。たまには賑やかでないとつまらないさ。それと、お嬢さんのその服はクライストじゃ悪目立ちするだろうねえ」
恐らく深く考えずに喋り出した父親が、腕を組んでクラウディスを見る。と、思い出したように母親へ。
「そうだ、母さん。若いころの服を一着、差し上げたらどうだ。この子もお前に似て美人なんだからきっと似合うぞ」
「おや、よく思いだしたね。ちょっとお待ちよ」
にこにこと勝手に話を進めるものである。暫し唖然とした後慌てて遠慮しだすクラウディスに、キアは肩をすくめて「あきらめた方がいい」と呟いた。
この父と母に何を言ったって、聞くはずもない。
翌日、空は雲ひとつない快晴だった。遠くの空は黒ずんで、またレディエンスの天候が芳しくないようだ。
しかし、ヴィントの村には清々しい朝日が降り注ぎ、風がゆるやかに流れている。旅立ちにはちょうどいい朝だといえた。
「本当に、お世話になりました」
まだ着なれない服に身を包み、クラウディスはぎこちなく微笑む。
もう着る事はないからとキアの母が渡した服のおかげで、レディエンスの人間とはもう解らない。
「えっと……ここからネクロミリアに行けば、馬車を乗り継げるって父さんが言ってたよ。できれば、商人ギルドが運営する乗合馬車に乗った方がいいって」
「わかりました。何から何まで、本当にありがとうございます」
簡単に道を教えれば、クラウディスは村の入り口を見る。遠くに、二つほどわかれ道があるのがうっすら見えた。
「――途中まで送るよ。ちょっと間違えたら遠回りになる場所がたくさんあるからさ」
苦笑して、キアは先に村の門を出る。本当はネクロミリアまで送ると何度も言ったが、迷惑はかけられないから――
そう言って強く断られてしまったのだ。
が、迷いやすい道を通ってしまうよりはいい。だから、途中まで――ということでお互い納得したのだ。
「さ、行こうか――」
微笑んで手を差し伸べるれば、クラウディスはおずおずと腕を伸ばす。
互いに手を取り合ったその瞬間、明らかに異質な「風」が吹いた。
「――ようやく、見つけたぞ」