3.クラウディス
目がさめれば、知らない天井、知らない部屋。
いつの間に意識を失っていたのか――それすら思い出す前に、少女はゆっくりと起き上がった。
ぽとりと、額から何かが落ちる。まだ冷たい、濡れたタオル。
見渡せばそこは、どこかの民家らしい。一瞬ほっとした後、ベッドの傍にある窓から外を見た。
「あ……、あの人は」
窓から見えた光景に、少女は思わず声を上げる。
ほんの少しくすんだ緋色の髪の、少し自分より年上のように見える少年。
その姿を見て、少女は意識を失う前に彼に会っている事を思い出した。
――熊に襲われていた自分の前に現れた少年――
彼がそこにいるという事は、自分は助かったという事なのだろう。
恐らく、ここはあの少年の家――
そこまで情報を整理すると、窓の外で薪割りに勤しんでいた少年が顔を上げる。
金色の瞳と、視線が交わる。
ひと時の間を置いた後、少年はほんの少し安心したような表情をして、持っていた斧を片付けた。
「ちょっと待ってて」というような仕草の後、視界から彼の姿が消える。
ほぼ同時に、どこかでドアの開く音――恐らく、玄関なのだろう。
程なくして、部屋のドアをノックされ、ゆっくり開かれた。
「――気がついたんだ」
まだ声変わりを果たしていないのか、見た目よりはやや高い声。
ベッドから降りようとすると、少年は「いいよ」と少女を制止した。
「あの、助けてくれた……んですよね」
仕方なくベッドに座り込んだまま、少女は目の前の相手におずおずと質問する。
少年は面食らった様子で慌てながら、「そうなると思う……」と頭を掻いた。
「正直、ウールベアを村に入れたら危なかったから、無我夢中で戦ってたんだけど……そしたら、君は気絶してるし。
あ、ここは俺の家だよ。勝手に連れてきてごめんな」
やや落ち着きのない様子だが、少年は至極好意的に話をする。良い人でよかった――安堵して、少女は漸く微笑んだ。
「……ありがとうございます。ほんとうに、助かりました」
「……あ、うん。どういたしまして……」
何故か少し照れた様子で視線をそらし、少年は苦笑する。
その少年の名を呼ぼうとして、少女はまだ互いに名乗っていない事に気がついた。
「あ、えっと……わたし、クラウディス。クラウディス・シンフォニア」
「あ――ごめん、名乗ってなかったよな。俺はアムドゥスキアス。アムドゥスキアス・グラーニア――長いからキアでいいよ」
互いに自己紹介を済ませれば、開け放たれたままのドアがノックされる。次いで、こほんというわざとらしい咳の音。
ドアの前を覗きこめば、年老いた女性がそこに立っていた。キアの家族らしいのは間違いないだろう。
「あ――母さん、いつからいたの?」
「お前がバタバタ家に入ってくるところから見てたわ。ええっと、クラウディスちゃん、ね?具合はどうかしら」
見た目でいえばおばあちゃんともいえるその女性に手を握られ、クラウディスは一瞬面食らう。キアの母――にしては、少々高齢に思えた。
「あ……大丈夫、です。多分……」
「そう、それならよかったわね。……おや?」
きゅうう、と、何処からともなく聞こえた音。
母親の反応と同時、キアも一瞬面食らった表情をする。
瞬時にその音が自分の腹から鳴っていた事に気がつくと、クラウディスは慌てて下腹部に手をあてた。
「おやおや、丁度ご飯時だからねぇ。クラウディスちゃんの分もちゃんと作ってあるから、今日はうちでご飯をお食べ」
にこにこと微笑む彼女の後ろに控えていたキアが、「母さんの飯はけっこううまいぜ」と微笑む。
恥ずかしくも、和やかな雰囲気に自然と笑みがこぼれた。