11.商業都市ネクロミリア
廃坑を抜けると、大きな街が遠くに見える。やや高台にあるらしい廃坑の出入り口は、作業台などが残る開けた場所にあった。
ネクロミリアは恐らく、ここから見える都市の事だろう。話には聞いていたが、随分と大きな街だ。
「――それにしても、目的の人の住んでる場所も知らなかったのか?」
「……、子供のころ、逢った事があるだけだから」
ごめんなさいと俯くクラウディスに、キアは慌てていいよと両手を振る。深く聞いていない自分も悪いのだから。
「このペンダントの中には、ある危険なものの一部が封印されているんです。……そのうちの一つが、先日レディエンスの王族の手に渡ってしまって」
だから、非力な自分が持っているべきではないとクライストまでやって来た――
そう言って、クラウディスはペンダントをしまう。
「……手配書ってのは?」
「レディエンスが、代行対象を探しやすくするために発行しているんです。わたしの手配書は、随分早く出回ったみたい」
なるほど、だから追っ手ともいえるような者たちがすぐに現れたというわけか――納得して、キアはそれ以上質問するのをやめる。
遠くにあるネクロミリアを見つめ、この距離ならば数時間でたどり着けるかもしれないと見当をつける。
危険ながらも「近道」というのは間違いなかったようだ。――それなりに魔物も現れたが。
「……行こう。日が暮れないうちにネクロミリアに行けるはずだよ」
「……はい」
道標の看板を見つけ出して方向を確認すると、二人はそのまま山の麓へと歩き出した。
目まぐるしい人、人、人――
その人混みをゆっくりと通って行く荷馬車、ちらほらと見かける同じローブを着た人々。
商業都市ネクロミリア――
商業においては恐らく世界一と言っても間違いないであろうその街は、クライストやレディエンスをはじめとした様々な国々に物資を運ぶ流通の要として存在していた。その流通ルートは遠い東の大陸にまで及ぶと言われており、まさに世界一の名にふさわしい範囲である。
ネクロミリアに拠点を置く商人ギルドは一つの国に匹敵する財力を有しており、いうなればネクロミリアという街が一つの機関のような状態になっている。
街の至る所に居る同じローブを着ている人間は全員、商人ギルドに所属した商人である。
そのローブを着ていれば商品には一定の品質が保証されている。所謂ブランドのようなものだった。
勿論このギルドに所属していない商人も多数いるが、最終的に真っ当な商売をしたい者たちはここに行きつくのである。
「――話には聞いていたけれど、本当に商人が多いんですね」
「まあ、どこ行っても商売人の街だからな。――とりあえず、馬車を探そうか?」
街の様子に圧倒されながらも、ひとまずはと次の行動を提案する。
と――
「待て〜っ!どろぼー!」
「ち、違うってぇ〜っ!!」
間近で聞こえた怒声と悲鳴。それに振り向けば、目の前に小柄な少女が飛び出してきて――
「う、うわぁ!?」
「ぎゃうっ!?」
避ける間もなく、キアと衝突する。勿論地面に倒れこむわけだが、さらに重力に逆らえずに落下した少女にあえなく下敷きにされる。
「だ、大丈夫ですか!?」
慌てて、クラウディスが少女を助け起こす。あうう、とかぎゅう、とか言いながらくらくらとする少女の、年のころは十五ほどだろうか。
「いってて……」
「おお、良く捕まえてくれた!ほら、盗んだものを出すんだ――」
程なく息を切らして走って来た男が、まだ目を回している少女を汲み伏せようと腕を掴む。
「はっ!?だ、だから違――」
むに。
暴れた少女を押さえようとした男の手が、その胸元に触れて硬直した。
その瞬間。
「ぎゃああっどこ触ってんじゃこのド変態〜〜〜!」
哀れ、乙女の胸を掴んでしまった罪により、男は手痛い反撃を受けることとなった。