10.騎士団の少年
「――では、容赦しませんよ」
ニコニコと微笑んだまま、少年は剣を構える。敵からすればほんの少し不気味な事だろうが、幼い容姿のせいか迫力というものはない。
一回り以上も大きな体の男が、薄ら笑いながら斧を振り上げる。少年は動かない――ように見えた。
「乱暴者は嫌われますよ」
冷静な声。その呟きの後、少年は斧の軌道を避けるように飛びのき、次いで素早い身のこなしで男の背後に回り込む。
素早い――そう思った時には、少年のほんの少しの動作だけで男が倒れ伏していた。
「――」
その場がしんと静まり返る。倒れている代行者の背には、ほんの少しの傷しか付いていない。
が、その手脚はほんの少し痙攣し、動く事が出来ないどころか気絶しているらしい――
「さて、全員倒れる前に一度お帰りいただいた方がいいと思いますよ。あ、彼の命に別状はありませんからご心配なく」
笑みを浮かべたまま、少年は手にしている剣を鞘に納める。彼としては戦うつもりはこれ以上ないらしい。
「もう一度言いますが、ここはクライスト領です。これ以上神の代行を遂行する意思があるのでしたら、貴方達全員を軍に拘束する事になります。
――こちらでの代行は、死罪ということをお忘れなく」
死罪――
重く囁かれた言葉に、残された男たちが怖気づく。目の前の少年が、たったの一太刀で一回り以上もある男を倒したのだ。得体が知れない――そう思ったのだろう。
「お、覚えてろよ……!」
悪役にはおなじみの台詞を吐くと、男たちは倒れた仲間を抱えて元きた方向へ戻って行く。
唖然としたままそれを見送ると、やはり笑顔のままの少年が戻って来た。
「災難ですね、代行者に狙われるなんて」
「あ……、ありがとうございます」
やはりクラウディスも唖然としているらしい。戦闘には無縁そうな少年が、不可解すぎるほどに鮮やかに敵をのしてしまう姿は驚くどころの事ではないのだろう。
「今の、一体どうやったんだ?あんな浅い傷で……」
「あ、やっぱり気になりますよね」
にこにこ、にこにこ。やはり絶やされない笑顔で、少年はもう一度剣を抜く。
「こっそり、刀身に弱めの雷を仕込んでいたんです。これならちょっと斬り付けるだけで良いので、力の弱い僕にでもああいう事が出来るんですよ」
少年が小さく言霊を唱えれば、剣がぱちぱちと雷光を纏う。薄らとしか見えないそれは、確かにハッタリにはもってこいなのだろう。
威力を間違えれば、余裕でハッタリ以上の効果を発揮しそうな気はするが。
「……なるほど。でも、剣もだいぶ慣れてるんだな」
「まあ……それが仕事ですし。あ、申し遅れました。『私』はクライスト騎士団所属のクレアと申します」
思い出したかのように、少年――クレアはかしこまった挨拶をする。騎士団の人間がなぜこんな場所に、とも思ったが、何か用事でもあるのだろう。
「――騎士団の……もしかして、ルカという方をご存じですか?騎士団に所属していたと思うのですが」
「――」
ルカ――
その名前を聞いた瞬間、クレアはほんの少し目を見開く。
初めて、彼の笑顔が消えた。
「――知っております」
硬い口調で呟くところから、もしかすると触れてはいけない話題だったのかもしれないし、相当に重要な人物なのかもしれない。
そういえば、クラウディスは誰かに、何かを渡さなければならないと言っていた。恐らくそれが、そのルカという人物なのだろう。
「本当ですか!?」
「……ええ。しかし、なぜ彼の事を?」
訝るように、クレアは眉を潜める。クラウディスは一瞬迷ったような表情を見せ、懐から何かを出して見せた。
「――彼に、これを渡さなければならないのです。同じものを、あの方も持っていたはず」
赤く光るペンダント――それは、中に何かを納める事が出来るもののようだ。
水晶の形をとった宝石の部分にほんの少し亀裂があり、装飾を施されたフレームで周囲を保護されている。
「お願いします、彼に逢わせてくれませんでしょうか。私がこれを持っていては、いずれ代行者たちに奪われてしまいます」
必死にクレアに頭を下げ、クラウディスは懇願する。代行者とそのペンダント、そしてルカという人間にいったいどういう関係があるのだろうか――
思いながらも、キアはクラウディスの肩を叩く。
「――俺からもお願いします」
一緒に頭を下げて、少し困った表情のクレアを見る。もしかすると、ルカという人物はそれほど重要な人物なのだろうか。
が、旅の目的は最終的にそのルカという人物なのだ。あの時自分の体からあふれ出した光の正体を、調べてくれるかもしれない――。
しばし考える様子を見せ、クレアは顔を上げた。
「……解りました。ですが、ルカは現在、騎士団に所属していないのです。
直接僕が案内する事はできませんし、少し面倒な手順を踏んでもらう事になると思います」
「――構いません、それでも。逢えるなら……」
祈るように頭を下げるクラウディスに、クレアは「頭を上げてください」と申し訳なさそうに囁く。
「クライストに着いたら、中央広場で鳩に餌を与えている商人が居るはずです。――その人に、ルカの事を訊ねてみてください。僕の名前を出せば、会わせてくれるはずです」
ひっそりと囁くように告げ、クレアはまた元の笑顔を浮かべた。