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09 キングは種馬生活が約束された勝ち組である

しばらくの間、王都で冒険者暮らしをすることになった俺はギルドが所有している、とある建物の一室を住居としてあてがわれることになった。ギルドからほど近い、個人向けの住居ということらしい。


「イシュトさん、荷物はそれだけなんですか?」


ヘリエルに案内されて歩いて行くと質問が飛んでくる。彼女がもろもろを任されているので必要があるならば引っ越しの手配などもしなくてはならない。冒険者不足の中、運良くやってきたイシュトを手放すことが無いように細かくケアしていくつもりでヘリエルは動いていた。


イシュトが身に付けているのはエルディアから貰った魔法の鞄だ。生き物以外なら何でも入る収納魔法が施された、いわゆる魔道具である。広げた鞄の口の大きさまでなら入らない物はないし、容量に制限はない。正確にはあるが上限いっぱいまで物を詰め込んだことがないのでイシュトはそう思っている。

不思議なことに中身が干渉し合わないので水をそのまま入れても他の物は濡れないし、中でごちゃごちゃになることもない。ただ、時間は経過するのでお湯なら冷めるし、食料もそのままにしておくと腐ってしまう。

ちなみに盗難対策として汚くてみすぼらしい、くたびれた見た目になっており旅人用の使い込まれたローブを着込んでいるイシュトに良く似合った。


「まあ、はい。あのまま別の町に移動するつもりでいたんで、荷物は全部この中に入ってますね」

「そうなんですね、一応家具なんかは備え付けであるので困らないと思いますけど足りない物があれば遠慮なく言ってくださいね。可能な限り善処しますから!あ、ここです。この建物の1階ですよ」


イシュトとしては短期のアルバイトのようなつもりでいたが、ヘリエルの物言いはやけに親切で、王都に住まわせようとしているように感じられた。事情は理解しているがそのつもりはないので良くしてくれる彼女には悪いが、身軽でいることをイシュトは密かに誓うのだった。


「お~い、シフォンちゃんいますか~?」

「……はーい。あ、ヘリエルさん、どうかしましたか?」


外観は他と変わらないが扉を開けると玄関ではなく廊下が真っ直ぐ伸びていた。2階へ上がる階段があり、左右に2つずつ扉が見える。どうやら共同住宅のようだ。

ヘリエルが手前の左手側の部屋に声を掛ける。しばらくして顔を出したのは12歳くらいの小さな女の子だった。


「シフォンちゃん、今日から向かいの部屋にこの人が住むことになりました!なのでお世話をお願いしますね」

「この人って、ええ!女子寮に男の方が住むのですか?!」

「女子寮?」

『えっっっ』


耳を疑うイシュトに慌てふためくシフォン、それをけらけら笑いながら何でもない事のようにヘリエルが続ける。


「ギルド長の命令でね~。しばらくの間だけだから、ねっ?ほらイシュトさん、ここが貴方の部屋です。じゃ~ん!」


右手側の部屋の扉を開けるとそこには寝泊まりするには十分な広さの部屋があった。久しく使われていなかったのか若干の埃っぽさとカビのニオイが鼻につく。樽と木箱がいくつか置いてあり、物置として使っていたことが窺い知れる。


「うん、ちょっと掃除すれば大丈夫そうね。じゃあイシュトさんはEランク卒業してきてください。その間に綺麗にしておきますから」

「いや、それはいいけど。ここ女子寮なのか?倫理って知ってます?」

「だって、すぐに用意できるところって言ったらギルド職員用の寮しかないじゃないですか。私はイシュトさんのお部屋の上に住んでますから、シフォンちゃんが助けを求めればダガー片手に飛んできますからね。いいですか、イシュトさんの倫理観にかかってますからね。言っておきますけど据え膳じゃありませんからね?」

「据え膳て、流石にそんなことにはならないと思うが」

「ふぇ、お世話するってそういうことなのですか?!そんな、どうしよう…」


何やら想像したのか、顔を赤くするシフォン。小柄な割にはいろいろ育っているようで、栗色の長い髪を左右に揺らしながら熱くなった頬を両手で押さえている。


「シフォンちゃんはこの女性職員用の寮の管理人を務めてもらってます。ギルド長の娘さんですからね、手を出したら殺されますよ」

「あ、はい」

「ううう…」


******


クエストに出掛ける前に、イシュトは商業ギルドを訪れていた。

まずは所持金をどうにかする必要があったからだ。素材を売って手にした金貨200枚。商談を控えた商人じゃあるまいし、持ち歩くには多すぎる金額だった。王都に滞在する間、保管先に選んだのは箪笥ではなく商業ギルドだった。商人向けに銀行を開いて、金さえあれば誰でも利用することができる。一応ベベスに紹介状を書いてもらい、手続きを行う。

それに金貨のままでは使うことが出来ない。金貨1枚が銅貨10万枚になるので値段が銅貨10枚の串焼きを1本買ったらお釣りが大変なことになる。それは嫌がらせどころか悪質な犯罪レベルである。

金貨200枚を一度に預けたイシュトは上客として歓迎され、儲かるからその金でスポンサーにならないか?と誘うがめつい商人に辟易しながら一部だけお金を下ろし両替して、逃げるように商業ギルドを後にした。


そして向かったのが城だった。

商業ギルドで身なりについて嫌な顔をされたので、流石に服や装備を新調しようかと思ったのだ。しかしそうなってくるともっと金が要る。逃げるように出てきたのにすぐに戻るのは恥ずかしいではないか。

そこでエルディアが言っていた報酬とやらを受け取りに行くことにしたのだ。

あの大臣には会いたくないが貰えるというのだから貰っておこう。


城と隣り合うように建っているのが王国騎士団の宿舎だ。その一角に厩舎がある。

そこには今まで苦楽を共にしてきた旅の仲間、馬車を牽いてきたキングという白馬がいる。

騎士団の馬に混じって世話をされているキングを遠巻きに眺める。


「良かったなキング。俺みたいに切り捨てられなくて」


勇者の話が美化されて、馬車を牽いていたキングはエルディアを乗せて戦った勇敢な馬ということになったらしい。その彼の血統が欲しいと多くの要望があり、余生は種馬として勝ち組の人生ならぬ馬生、ビクトリーロードを歩むことが決まっていた。

実際はエルディアを乗せたことは一度もない。旅の間の世話はもちろん俺が全部やっていたし、エルディアたちはキングを単に馬車を動かす動力くらいにしか思っていなかったはずだ。

キングの性格は静かで大人しく、俺の言う事をちゃんと聞いてくれる優しい馬だった。エルディアたちがダンジョンに潜る間は馬車とキングを俺が一人で守ることになった。魔物からすればキングは御馳走だ。鴨が葱を背負ってやって来たのだから襲ってくる魔物の数はハンパなかった。

今となっては懐かしい、全部が良い思い出だ。確かな信頼関係で結ばれた俺とキングだが、もうあの熱い身体に触れることはないだろう。旅は終わり、俺は御役御免。皆、別々の道を進んでいく。


キングとの別れを惜しみつつ、門番に取次ぎを頼む。もう紋章がないので城の中に入るにはこれしかない。普通なら門前払いだが昨日の今日まで出入りしていたのだからそう無下には扱われてまい。


「アビトス大臣にイシュトが来たと言伝を頼みたい。報酬の件で来たと伝えてくれ」


問題はあの大臣が素直に応じるかだが。

他の者が応対してくれるのなら助かるのだが、勇者に関する案件を握っているのが件の大臣なのであった。

ダメ元でしばらく待っていると城へ入る許可が下りた。

兵士に案内されるまま辿り着いたのは大臣の元ではなく、謁見の間だった。



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