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08 目の粗い網で掬った池の中2

「いや、とりあえずはEランクのままでいいや」

「えっ!?」

「えっ」


俺の発言に驚いたヘリエルさんに俺が驚く。


「な、何でですか?冒険者としてやっていくならEランクのままじゃかっこ悪いじゃないですか。まだ明るいですし今から行きましょうよ。あ、なんでしたら納品数を半分に減らしましょうか?多すぎますよね?ギルドとしては薬草の摘み方や素材の扱いの丁寧さを見てこの人がどういった系統の仕事に向いているかの判断材料にするつもりだったのですが、半分でもいいですよっ」

「あー、ここではギルドカードだけを作るつもりだったんですよ。身分証目当てじゃないですよ?冒険者としてはやっていくつもりですけど拠点は持たないつもり、いや別の町で活動しようと思ってて」

「そんな、困ります!王都をホームにして活動してくださいよ!」

「そう言われても」


何故か必死に食らいついてくるヘリエルに面食らいつつ、対応にあぐねいていると職員と冒険者が揉めているのだろうと別の職員がやってきた。


「おい、静かにしてくれ。何だ、今度は何をやらかしたんだヘリエル」

「ギルド長!私は何もしてませんよっ。やめてください、人をトラブルメーカー扱いするのは。私はいつだって一生懸命ギルドに貢献しようと頑張っています!」


ギルド長と呼ばれた男は筋肉質な体を窮屈そうな制服に押し込め、腕を組んで上から見下ろしている。大柄な男だ。元はかなり実力のある冒険者だったのだろう。まっすぐ伸びた背筋に肉食獣のような鋭い眼光が異様なほど威圧感を与えている。


「分かった分かった。それで?」

「はい。この方が新規で冒険者になられたのですが、王都ではなく別の町で活動すると言っているので引き留めようとしていたところです」

「そうか。貴重な新人を失うのはウチとしても痛いからな。特に今は特別待遇にしてでも確保しておきたいな」

「そうでしょう?!」


ギルド長とヘリエルは分かり合えたようで、期待するような懇願するような表情でイシュトを見るのだった。


「俺はギルド長のゲイリーだ。よろしくな若いの」

「イシュトだ。よろしく」


差し出された手を握り返すとゲイリーは満足そうに笑う。


「良い手をしているな。冒険者にだって格がある。王都の冒険者ってだけで一目置かれるもんだがそういうのに興味はないのか?」

「ないな。俺はもっと落ち着いた町でひっそりとやっていきたいんだ」

「変わったやつだな。冒険者になるやつってのはもっとギラついてるもんだろ。一獲千金とかダンジョン踏破とか、成り上がってやろうとかあるんじゃねえか?」

「ある程度稼げればいいんだ。そういうのは別のやつに言ってくれ。どうもそういうのは響かなくてな」

「そうか、ふむ…」


俺の意思を確認したのか、ギルド長は考えるように唸ると顔つきを真面目なものに変える。


「では俺の頼みを聞いてもらえないだろうか」

「頼み?内容次第だが、ここで冒険者をするつもりは無いぞ」

「はは、まあ聞いてくれ。今、王都には冒険者が不足している。原因は2つある。1つは魔王が討伐されたことにある」

「は?何でだよ?」

「君は魔王がいなくなった後のことを考えたことがあるか?平和になり、人々が安全に暮らせる世界が訪れるだろう。もちろん歓迎はするが、今の生活が成り立たなくなっていくだろう」

「というと?」

「魔物の弱体化、あるいは絶滅だ。魔王を倒せば魔物は弱体化して倒しやすくなると言われている。魔物を滅ぼせば人間に怖いものは無くなるだろう。だが魔物ありきで多くの人々が生活を成り立たせている現状を理解しなくてはならない。倒すべき魔物がいなくなれば冒険者は廃業だ。冒険者だけじゃない、武器屋だって防具屋だって必要性が無くなる。素材も要らなくなるし、そもそも必要とする者がいなくなる。食生活にも影響は出てくる。魔物がいなければ肉は食えなくなるぞ。動物の肉という手もあるが王族や貴族が独占したり、あり得ないほどの高額になるはずだ。肉が金や宝石よりも貴重になるかもしれん。需要に対して供給が追い付かないというやつだ」

「……」


俺はギルド長の話に愕然とした。

考えたことも無かった。ただただ人々の幸せを願い、平和を夢見て頑張ってきた俺たちの、勇者の行いが人々の生活を、いまの世界の在り方を壊す?


「もちろん今すぐにそうなるわけではない。近い将来になるか、遠い未来の話になるか、それは我々人間の行い次第だ。魔王が倒された今、浮かれて気付かない者は多いが懸念していた者は一定数いてね。気を急いた者たちが冒険者から足を洗ったというわけだ。これにはギルド長として参っていてな、捌ききれない依頼に困り果てているというわけだ」


お手上げだ、冗談めかしてポーズを決めるとゲイリーがイシュトを試すように見つめてくる。

それに気付くことなく、独り言のようにイシュトは言葉を漏らした。


「勇者のしてきたことは、間違いだった?魔王は倒さないほうが良かったって事か…」

「おいおい、そんな事は言ってないぞ!これは冒険者の数が減って困ったって話だ。冒険者が減った原因その2を話してもいいかー?」

「ああ、そうだな。聞かせてくれ」

「うむ、お前は勇者が騎士団とともに東へ向かったのを知っているか?」

「ああ、確か和の国に向かったとか」

「和の国?そりゃガセネタだな、和の国なんて遠すぎる。勇者たちが向かったのは隣のイルゼリア王国との国境線にあるシュバーク砦だよ。駐屯する兵士の激励と、そこにできた魔窟の駆除に向かったんだ」

「魔窟?」

「魔窟ってのはダンジョンの変異したものだと言われているが、詳細は今のところ誰にも分かっちゃいない。とにかく魔物を生み出す空間みたいなもんだ。その任務に多くの冒険者が参加している。臨時で戦力の募集があったんだ。騎士団の露払いみたいな感じで今までもこういった募集はあったんだが、勇者と共に戦えるってことでほとんどの冒険者が仕事をほったらかして付いていっちまったんだ」

「多かれ少なかれ勇者のせいってことか…」

「最低でも一週間は戻ってこないだろうな。そういうわけで、一人でも多くの冒険者を必要としているんだ。どうだ?しばらくの間でいい。王都に留まってクエストをこなしてくれないか。その間の宿はこちらで用意する。飯は付かないがその分報酬をいくらか上乗せしよう」

「分かった。やろう」

「そう言ってくれて助かる。じゃあヘリエル、手配はまかせるぞ」

「はーい、ギルド長。イシュトさんこれからよろしくお願いしますね!」


エルディアの置き土産ってところか。

もう勇者たちとは関係ないが、その責任の一端が俺にもあるような気がした。

魔王なき後の世界、俺はもっとそれを考えなければいけないのかもしれない。



『いや。我、健在だからね!!』



更新頻度について。

コロナの影響で土日は休みですがその他の日は仕事です。筆も遅いので更新頻度はあまり高くありません。3日で1話、あるいは1週間で1話のようなブレを生じさせつつ、ゆっくり更新のつもりです。なお、不器用なのでルクスちゃんの方はストップさせてしまっています。すみません。

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