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07 目の粗い網で掬った池の中1

王都の冒険者ギルドは町の中央に位置している。その他にも商業ギルドや役所などの公共機関が密集する形で軒を連ねている。利便性を重視したことで面倒な手続きをまとめて処理できるのはありがたいが冒険者ギルドは客色が若干異なっており、それが建物の外観に顕著に表れていた。見慣れてしまえば何も感じなくなるのだろうが、その異質さを黙殺して冒険者ギルドの中へ入った。

併設された飲食店には何度か来たことがある。ギルド側、飲食店側の両方に扉があるが中は繋がっている。


「すみません、冒険者登録をお願いできますか?」


いくつかある受付カウンターの一つに行き、窓口のギルド職員に話しかける。

思ったより冒険者の数は少ないな。クエストは朝のうちに張り出されるし、昼間はこんなものだろうか。飲食店の方にも利用客はいない。見ると隅の方に壊れたテーブルとイスがいくつか集められている。どうやら羽目を外し過ぎたバカ者がいたらしい。


「まあ、よくぞおいで下さいました。新規登録ですね。少々お待ちくださいね」


ぱあっと花が咲いたように笑う若い女性のギルド職員。書類作業をしていた手を止めて、紙とペンを差し出してきた。視線はイシュトの目をしっかりと捉えている。こういった職種の人間は相手の顔を、目を見るが、イシュトはそれが苦手だった。第一印象を良くしておきたいと思ったが自然と目を逸らしてしまった。が、それが気恥ずかしくて、相手の目を見れなかったのではなく差し出された紙に注目したのだ。と自分に言い聞かせた。動作もごく自然にできたはずなので、相手に気取られていないはずである。


「ではギルドカードを発行しますので、そこに必要事項を記入してください。当てはまらない欄がありましたら飛ばして構いません。記入することがない場合は最悪名前だけでもいいですよ~。書き終りましたら提出をお願いしますね」

「分かりました」


それで意味があるのだろうか?不審に思いながらも渡された紙の内容を確認する。

紙には名前と性別に住所や年齢、ジョブや経歴等を書く項目が並んでいる。

一瞬偽名を使った方が良いのかとも思ったが、御者だった自分の事などを気にする者など皆無だと思い直し偽りなく書いていく。


名前:イシュト  性別:男  住所:今まで旅をしていたため、なし

年齢:17  ジョブ:特になし、ただし剣の心得は多少あり

経歴:旅の経験あり、護衛なしでの移動が可能


まあ、こんなものだろう。ただ、無しと書けないのは性格のせいか、とりあえず嘘は書いてない。

それを提出すると女性職員は内容にさらりと目を通す。


「はい、これで構いませんよ。じゃあイシュトさん、これから魔道具を使ってコレの正否を確かめますけどよろしいでしょうか?」

「ああ、なるほど。そういうことか」


少々意地が悪いというか悪趣味なやり方だ。冒険者登録でわざわざ人を試すようなことをしなくてはいけないのだろうか。ギルドカードが身分証として成立している以上、それを悪用しようとする犯罪者もいる。普通なら住んでいる町の役所で身分証は発行できる。犯罪者は犯した罪の度合いにもよるが身分を剥奪されるので身分証も無くなってしまう。身分証明ができる物がないと定職には就けないし、家を借りたり建てることが難しくなる。鉱山奴隷だった時に周りの大人から苦労話を聞かされたのだ。

まあ、俺も似たようなもので勇者にくっ付いていたので身分証がない。クビになったし、浮浪者や犯罪者と仲良く肩を組んで焚き火を囲んで踊り明かすくらいには同列の状態である。

あくまで冒険者になることが目的なので、そんなふるいにかけるようなマネをされると悲しくなる。


「我々が最も大切にしているのは信頼なのです。身分証が欲しいだけの有象無象よりもちゃんとギルドに貢献してくれる人材が欲しいですからね~。冒険者になるには試験を受けて頂くことになっているのですが、それはもう既に」

「始まっている、か」

「その通りです。ではまずこの魔道具に触れて頂けますか?もしかしたら触った瞬間にビリビリときちゃうかもしれませんが~」


小悪魔的な笑みで職員が青みがかった半透明の本を取り出す。これが魔道具だろう。

魔道具というのはその名の通り、魔法の力を作用させる、または魔法の力を組み込んだ道具のことだ。

今まで俺もいくつか魔道具は見たことがある。

人々の生活をより豊かにするために作られた道具で、永遠に水が湧き出る水晶や火を使わずともそれ自体が発熱することで料理をするのに竈を必要としない小型の台座などがある。しかしどれも高額で一般にはまず出回らない。

もちろん戦闘用の魔道具もある。呪文を詠唱しないでファイアーボールと同等の火の玉を出せる指輪とか。

ダンジョンで希に見つかることもあるのだが、基本的には錬金術師が作成している。


そっと手を本の表紙の上に乗せる。ひやりと冷たく、真冬の水のようだ。手のひらの温度を全部奪われるような錯覚に陥ると置いたままの手のひらをすり抜けてパラパラと頁がめくれていく。

何も書かれていなかった頁に文字が浮かび上がる。ただその文字を読むことができない。


「これは、どこの国の文字だ?」

「一種の暗号ですね~。ほら一応個人情報ですし?ではこれを元にギルドカードを発行しますので少々お待ちくださいね~」


魔道具から手を離すとギルド職員は奥の衝立に隠れて作業し始める。俺は熱の戻った手のひらを見つめた。不思議な感覚だった。これで個人情報を読み取ったのだろう。どこまで読み取れるのか分からないが混血であることは露見したくない。大丈夫だろうか?


「はい、出来ました。これがイシュトさんのギルドカードですよ~」

「ああ、ありがとう」


職員から渡されたのは掌に収まるほどの金属のプレートだった。インクのようなもので俺の名前とEの文字が書かれていた。指でなぞるが、かすんだり消えることは無いようだ。


「ではこれから冒険者ギルドに関する説明をさせて頂きますね。申し遅れました、私はヘリエル。冒険者ギルドで窓口を担当しております。気軽にヘリエルさんと呼んでくださいね。さて、まずは基本から。ここ冒険者ギルドでは様々な方々から依頼を頂いて、それをクエストとして冒険者の方に受注してもらう形を取っています。依頼の内容は多岐に亘るのですが大体3つに分けられます。討伐、採取、護衛の3つです。

『討伐』とは魔物を討伐することですね、村の畑を荒らすタイタンボアを倒す、下水道に湧いたポイズンスライムを掃討するなどです。あとは、魔物肉や角や心臓などの素材の依頼も討伐へ含まれます。

次に『採取』ですが、薬草や鉱石などの自然から得られる物を取ってくるなどです。珍しいものほど高値で取引されます。

最後に『護衛』ですが、町から町へと移動する際、魔物や盗賊から商人や要人を守るお仕事ですね。こちらは対人戦になることもありますのである程度の覚悟も必要でしょう。えーと、ここまでで質問などはありますか?」

「いや、特にないかな」

「では続けますよ~。もちろんこれらは仕事の出来によって収入が増減します。魔物を仕留め損ねたり、倒すのに周りの家や畑がボロボロになっちゃったとか。傷が付いたり状態の良くない薬草は例え貴重な物でも減額対象になります。護衛に怪我をさせたり商品を壊してもダメです。場合によってはクエスト失敗という判断を下されることもありますので、そこは留意してくださいね」

「分かった」

「ではギルドカードのEをご覧ください。これは現在の貴方のランクです。ランクによって受けられるクエストを制限しています。ランクは最高のSランクから始まり、A、B、C、D、Eと6つのランクに分けられます。ギルドの決まりでどんな方でも最初はEランクから始めてもらっています。騎士を引退してきたとか、明らかに強そうな人でも例外はありません。Cランクを基準にD、Eランクは半人前、見習い扱い。Cランクを一人前、A、Bランクをベテラン冒険者として扱っています。Sランクともなれば勇者様と引けを取らず英雄として讃えられます。ランクを上げるには現ランクでの功績ポイントと昇格試験に合格することが必須となってきます。どんどんクエストをこなしていけば功績ポイントを貯めることができますし、ランクが上がれば受注できるクエストが増えていきます。まずは実際にクエストを受けてみましょうか」


ヘリエルが窓口を離れるとイシュトの横に並んだ。窓口からではほとんど見えなかった彼女の姿がよく分かる。イシュトよりも年齢は少し年上だろう。しかし女性の年齢というものは分かりにくい。若くも見えるし、相応にも見える。柔和な表情を浮かべながらブロンドのセミロングの髪を揺らし、ヘリエルはクエストボードへ向かう。それにイシュトが続くと目の前には3つのボードがあった。


「ランクでボードも分けてあります。こちらがD、Eランク用のボードです」


一番右のボードには古めかしい紙が何枚か貼られてる。それのどれにも常時依頼という文字が大きく書かれていた。内容は子どもでも簡単な罠で仕留められるホーンラビットの討伐やどこにでも生えている万年草といった傷薬の材料となる薬草の採取であった。納品一つにつき銅貨1枚という破格の安さである。


「これは、常時依頼のボードでは?」

「ええ、D、Eランクでは常時依頼しか受けられません。でも下級の仕事だと侮ってはいけませんよ。これも基本中の基本、誰かがやらねばならない大事な仕事です」

「それもそうだが」

「普段は孤児の子たちが頑張ってくれている仕事ですから、余程の事がない限りはただのレクリエーションで終わるはずですね。期限は無制限、ホーンラビット10匹と万年草30本をあちらの納品用窓口で納めてください。そうすればイシュトさんは晴れてDランクに昇格です。まあぶっちゃけ、Eランクは孤児たちの生活を支えるためのものですからね。あってないようなものです。冒険者として本格的に始まるのはDランクからですので張り切って頑張りましょう!」



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