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06 これから

『実際のところ、我に相応しい肉体というものに当てがない。故に貴様にしばらくは自由行動を許す。我は城から出ることなどなかったからな、人間の社会というものを見るのも初めてだ。物見遊山に来たと思えば退屈しのぎにちょうど良い』


イシュトが王都に戻ったのは日も高くなった昼少し前のこと。ちょうど昼食に混み合う時間帯、さらには祭りに浮かれた群衆の波によって通りは地獄絵図と化していた。石を持ち上げて裏に蠢いている無数の虫たちを見つけた時のようにおぞましい。それに意を決して飛び込むと、逆らうようにもみくちゃにされながらイシュトは武器商人ベベスの店へ向かった。


「おういらっしゃい。よくここまで来れたな、この人混みの中大変だったろ」

「はあ、まったくだ。パレードは終わったんだから少しは減るかと思ったが、それより何か食い物はないか?おかげで朝から食べてない」

「バカ言うな、ここは武器屋だぞ。豚の腸詰めくらいしか置いてない」


ベベスがカウンターの奥に引っ込むと屋台で買っておいたのか、ホットドックが2本出てきた。細長い白パンに申し訳程度の葉野菜と、ぶりぶりとした大きな豚の腸詰めが窮屈そうに挟まれていた。赤と黄色のソースもたっぷりかかっていて非常に食欲をそそった。


「俺の昼食用に買っておいたが、俺とお前の仲だ。1本やるよ」

「ありがてぇ」


カウンターを挟んで店主と客がホットドックをつつき合う。何とも妙な光景だが、勇者パーティーに聖女が加わってからは聖女の魔法のおかげで頻繁に城に帰還することができた。その度に懇意にしてきたのがこのベベスの店なのである。他の客とは一線を画す間柄なのであった。


「そういや、朝のうちに勇者たちが騎士団引き連れてどっか向かったみたいだぞ」

「ああ、聞いてる。東に行くんだとさ」

「東か、となれば和の国か。向こうの織物なんかは人気があるからなあ、お前さんが付いて行くんだったら買い付けを頼んだところだが」

「残念そうに俺を見るな。ここは武器屋だろうが」


ババスは手広く商売をやっている。普段は武器屋の店主をやっているが金のためならば塩にも土地にも手を出す悪手振りだ。ソースで汚れた口元を布巾で拭うとババスが革袋を4つ取り出した。


「本当に惜しいよ。まさかこれがお前さんとの最後の取引になるなんてな、お前さんだってこれから大変だろ。勇者にくっついて行くだけで極上の魔物の素材を取り放題だったんだ。その収入源を断たれたんだ、俺もお前さんも商売あがったりだよ」


冒険者の多くはクエストをこなす傍ら、倒した魔物の素材を売って生計を立てている。魔物の肉はうまいし、角や爪は武器になり、皮や鱗は防具の材料になる。目玉や血までも何かしらの素材になる、魔物は捨てるところのない言わば金のなる木なのだ。それも勇者が相手にしてきたのはSクラス以上の魔物たちだ。クラスが高ければ高いほど魔物は強いがその分素材としても優秀だった。

本来ならそういったものは冒険者ギルドが買い取りを行っているのが常だが、イシュトは仲介にババスを挟んでいた。手数料こそ取られたが商売のノウハウを持っているババスはその巧みな話術によって本来よりも多くの金銭を獲得していた。


「まあ、こればっかりはな。今まで本当に世話になったな、ありがとさん」


勇者は冒険者じゃない。魔物は斬り捨てるだけだ。

武器や防具は国から賜るし、伝説の~や、封印されしなんたらの~といった勇者ならではの装備で固めていたから素材を剥ぎ取るなんてこととは無縁だった。

だが、旅の資金や消耗品なんかは話が別だ。そこはイシュトが血と臓物に塗れながらせっせと回収作業をしていたのである。

当たり前のように消費し、あることが当たり前だとしてきた勇者たちだがイシュトがやりくりをしていたからこそ不自由なく旅をしてこれたのだ。国から出る援助金は想像よりも少なく、それはすぐに酒へと変わっていたのだから。


「これからどうするんだ?御者の仕事が欲しいなら知り合いに紹介できるぞ」

「いや、気ままに冒険者でもやろうかと思ってるんだが」

「冒険者ってお前さんの実力でか?!いや違った、冒険者やるんなら相手にするのはホーンラビットやゴブリンか。なら安心か」

「俺に対する評価低すぎないか?自分で言うのもあれだが、そこそこやれると思うぞ俺は」

「そうだな。まあ、死なない程度に頑張ってもらいたいがね。と、それじゃあ買取の内訳だがな…」


雑談を終わらせると商人の顔になったベベス。

今回の素材は魔王城であの肉塊たちから収集した素材だ。生死のやり取りをし、素材として見ていない勇者たちの剣や魔法は大事な素材を傷つけた。だが価値は下がったものの他の誰もが手にすることの出来ない逸品揃いだったことは確実である。旅も終わったし、あくまでこれはイシュト自身が勝手にやってきたことだ。なので未曾有の大金はイシュトの懐に入ってくる算段である。


「…やはり魔王の城ともなると世に出ていない魔物の素材がほとんどだった。角や爪はAランクのグレートホーンデビルやサイクロプスに似ているが、その亜種か変異種、上位種といったところだな。籠められている魔力の量や素材の質が格段に良いという話だった。クラウンナイトの装備品も拾ってきたということだが解呪不可能なほどの呪いが掛けられているそうだから、こっちのは値段が付かなかった。それから…」


その後もつらつらと読み上げが続き、ベベスの仲介料を差し引いて俺の手元に残ったのは金貨200枚という大金だった。先ほどの4つの革袋、1つに金貨50枚が入っている。

貨幣の価値は銅貨、銀貨、金貨と分けられていてそれぞれが小と大に分けられている。

銅貨100枚が銀貨1枚、銀貨1000枚が金貨1枚の価値があり、庶民は金貨を見ることはあっても手にすることはないと言われている。

銅貨に関してはわざわざ小銅貨などとは呼ばないが大と付いた場合はそれの10枚分の価値がある。

つまり大銅貨10枚は銅貨100枚であり銀貨1枚と同じことになる。

銀貨10枚が大銀貨1枚分であり、大銀貨100枚が金貨1枚と同義となる。


「すげぇ、これ全部俺の金か。これなら一生遊んで暮らせるんじゃないか?」

「バカ言え、地に足つけて暮らしていけばお前さんが思っているより金はすぐに飛んでいくぞ。大金なのは確かだが慎ましく暮らしてもせいぜい1、2年が限界だろう」

「え、そんなもんなのか」

「王都暮らしは物の値段も税金もバカ高いからな。ほれ、俺のところの最高の剣だって1本金貨30枚はする」

「ぼったくりじゃね?」


正直、物の価値というのがよく分からなくはある。今まで旅暮らしで地面で寝ていたし、その前も金が必要な環境にはいなかったからな。それに王都で暮らすつもりはない。国の中心で皆の憧れらしいが、俺はもっと落ち着いたところで暮らしたい。エルディアたちに街中でばったり遭遇するのもごめんだ。革袋を自分の鞄へとしまう。


「その鞄も羨ましいな。勇者から貰った魔法の鞄なんだろ?それさえあれば量も重さも関係なく身一つで商売ができるぞ。商人ならヨダレもんの品だな」

「物欲しそうに見んなよ。こんなもん馬と馬車が要らないだけだろ。だからと言って町に行くには歩きじゃなくて馬車を使うんだから大した価値はねえよ、便利だからやらないけどな」

「お前さんは本当に物の価値が分かっちゃいないんだな。まあいい、教えてやるのも億劫だ。お前さんが必要なくなった時は俺に譲ってくれよ」


人混みを嫌って店の裏口から出してもらうと、ベベスに別れを告げて俺は冒険者ギルドを目指した。冒険者ギルドは大きな組織で国をまたいで世界中に手を伸ばしている。大きな町には必ず冒険者ギルドがあり、そのネットワークは国をも凌駕すると言われている。とか何とか。

そこで冒険者となりギルドに加入してギルドカードを発行して貰えば、世界中で通用する身分証の出来上がりというわけだ。

俺も知識として知っているだけで冒険者ギルドに行くのは初めてだし、冒険者として生計を立てていくならとりあえず王都のギルドでもいいだろう。

大金を手にして上機嫌、俺は意気揚々と歩いて行った。



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