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05 移ろいゆく世界の片隅

宣告とともにクソエルフの瞳の色が僅かに変化する。

精霊魔術とは自然界に存在する精霊に力を借りて行使するエルフ独自の魔法だ。親切ご丁寧に呪文を詠唱するなんてことしなくても精霊と契約してさえいれば無詠唱で発動できる。だが、必ず魔法を使えば変化は現れる。本人は気付いているか知らないが、それが瞳に出ることを俺は見てきた。


「がぁっ」


だからといってそれに反応して対処できるかはまた別だった。

地面が隆起する。下から突き上げられた俺の身体は宙を舞った後、空気を圧縮したような衝撃で遠く吹き飛ばされた。


「クティやめるんだ!イシュト大丈夫か?」


エルディアが俺の前に立つ。遅い、止めるなら最初から止めろ。

あばらの骨をやられた。背中側から内側に押し潰されたような痛みに、息を吸うとビキリと身体が軋み脂汗が出る。浅くしか呼吸できず痙攣したように足が震える。


「偉大なる神の指先、豊穣の穂先を撫で給え【エクスヒール】」


エルディアが回復魔法を唱えるとイシュトの傷が見る見るうちに癒えていく。イシュトは立ち上がれないようで膝をついてクティを見上げた。


「エルディア、貴方は魔王に苦しめられている人々を救うと誓いましたね。魔王も魔物もいない平和な世の中をつくると。ならばソレも生きていていいはずがありません。それとも幼馴染は特別ということですか?私は旅の間ずっと我慢してきました、虫唾の走る思いでしたよ。穢れた魔族を側に置いておくというのは」

「彼は、イシュトは魔族じゃない。僕たちと同じ人間だ」

「見た目だけならそうでしょう、どうやら角などは削り取っているようですし。だけどその身体に流れる血までは誤魔化せません。これは貴方にとっても必要なことですよ。御者とはいえ勇者パーティーに魔族が混じっていたなどと知れたら民衆が黙ってはいません。この事は今なら私たちと城の一部の者しか知りません。証拠は残しておくべきではないのではありませんか?」

「イシュトを殺すこととそれは別の話だ。僕は彼を殺さない、それは何度も話し合って君も納得してくれたはずじゃなかったのか」

「ええ、そうでしたね。ですが結局は同じことでしょう。私たちは魔物のいない世界を作り上げる、遅いか早いかの違いでしかありません」


そう言い残してクティは踵を返した。彼女とともに光は失われ、夜の闇が辺りを満たす。遠くからテントに泊まる人々の喧騒が微かに聞こえてくる。


「イシュト」

「…本気で殺そうとしたよな、あいつ」

「彼女のことはすまなかった。もっと早く止めるべきだった」

「嫌われているのは分かっちゃいたが、正直驚いた。あいつが言っていたことも含めてな」


特別口にはしなかったが俺の態度で話を聞く体勢が整ったことを察すると話しづらそうに口を開いた。


「先走ってしまった大臣の行いは本当にすまなかった。あんなことはするつもりはなかったし、もっと穏便に事を進めるつもりだった」

「ああ」

「明日から僕らは騎士団とともに東の国に赴く。旅の最終目標だった魔王討伐だったけど、それは始まりでもある。僕たちの旅は終わり、これからは別々の道を行くことになる。君にはどうか安全な場所で僕らの無事を願っていて欲しい。今まで本当にありがとう」


そう言ってエルディアは俺に深く頭を下げた。本当に身勝手な事を言いやがる。勇者からの正式な解雇通告、これで一つの区切りができたわけだ。


「今までの功績に見合った報酬が国から出ることになっている。君が向かう頃には僕たちは出発しているだろうけど城で受け取ってくれ」

「忌み嫌われる魔族の俺にか?それはせいぜい期待しておくことにするぜ」

「イシュト…」

「さらばだ勇者殿、せいぜい頑張って人間だけの世界を作ってくれ」


******


『面白い見世物だったぞ、イシュトよ』

(そりゃどうも。寝るんだから話しかけないでもらいたいね)


勇者と決別したイシュトは王都をさらに離れ、誰もいない農地へと来ていた。農具をしまう粗末な納屋に勝手に入るとここで夜を明かすことに決めた。


『それにしても通りでな。我が貴様の中に入れたのは魔と人の混血であったからか。どうも人間の比率が多いようだが父か母か?立派な魔族であったか?』

(知らん。魔族の子を孕んだ俺の母親は魔女と呼ばれ、俺は物心ついた時から奴隷として鉱山で働かされていた)

『よく人間がそんなものを生かしておいたな。人間は魔族と見ればすぐ殺そうとする蛮族だ。魔族であれば人間なんぞとの混ざり物など腹から出る前に殺すところである』

(どっちが蛮族だ。まあ、運が良かったのかもしれないな。そこは殺人犯や犯罪者を強制的に働かせる鉱山だった、殺すより労働力が欲しかったのかもしれないな)


その鉱山を所有していたのが領主であるエルディアの父親だった。たまたま視察にくっついてきたエルディアが俺を見つけ屋敷に引き取ってくれた。どうしてそんなことをしたのかは分からないが、俺は家族の一員として受け入れられた。本当の兄弟のように育ち、聖女が神の天啓によりエルディアを勇者に選出するまで不自由なく暮らしてこれた。

それからは友としてエルディアと共に魔王を討伐する旅に出たわけだが。


「その結果が現在か―」


エルディアにはもちろん感謝している。自分の命を捧げて一生尽くすと幼心に誓うくらいには。当時は俺もあいつもただのガキだったからそんな事も思ったが、世の中の仕組みを知れば、生きて行けば、それが青臭い幻想であることに気付かされた。そして常に俺が人と魔族の混血であるという事実もつきまとっていた。


『しかし惜しいことをした。我に力が残っておれば勇者をむざむざ見逃すこともなかったものを』

(ん?そうだな。自分の仇だもんなあいつは)

『それに勇者は魔族を一匹残らず殺して周るそうではないか。愉快なことだ、貴様も他人事ではないな。一刻も早く我が復活を遂げて、全ての魔族を守らねばならん』

(せいぜい頑張ってくれ)

『そのために尽力するのが貴様よ。あのエルフの言う通りだ。遅いか早いかの違いでしかない。貴様は人間が憎くはないのか?まさか殺されかけておいて憎くはないとは言うまいな?』

(どうだろうな。確かに迫害や差別はあった。最初はこんな俺に手を差し伸べてくれたことに感謝しかなかったが、エルディアさえ恨んでしまうほどには人間の世界ってやつはくだらないものだった。でも俺は人間だ、魔族を見れば殺してきた蛮族だぜ?)

『それでよいではないか。理由としては十分だ。存分に殺して血を浴びるがよい、我が魔王だとしてそれを咎める旨はどこにもない』

(何でだよ、魔族の王なんだろ?さっきから言ってることが滅茶苦茶じゃないか)

『そんなことはない。魔族は実力第一主義だ。強さこそが全て、貴様ごとき人間に殺されるような者なら今すぐ死ぬべきなのだ』

(そうか、魔族の考えることは理解できん)

『どのみち貴様に道は一つしか用意されていない。それを受け入れて歩むかどうか、それだけのことである。イシュトよ、よく考えるがよい。我に与すれば貴様が本当に欲しかったものが手に入るであろう』


「……」


魔王は言いたいことを言って満足したのかそれ以降喋ることはなかった。不意に訪れた静寂が耳に痛い。このような状態で眠れるはずもなく、取り留めも無い感情に流され思考の海に埋没することになったイシュトが眠りにつけたのは明け方近くになってからだった。

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