03 浮かれた人々の中にあって憂鬱
「おおーい!イシュト!こっちこっちー!!」
酒場に繰り出したのはいいものの席は既に満席、即席のテーブルも埋まっており立ち飲みの客までいる始末。これは無理だなと冒険者ギルドへと足を運ぶ。冒険者ギルドでは冒険者向けに飲食店を併設している。酒も提供されているのでダメもとで寄ってみる。こちらも今日ばかりは酒場からあぶれた町の人々で溢れていたが、知り合いが手を振っているのを見つけ同じ席につくことができた。
「いやー、お前さんの黒髪は目立って仕方ねえなあオイよ。とりあえずエールでいいか?」
「ああ。それにしても酷い混み具合だな」
「しゃーねえわな、まあめでたい日だ。みんなでバカになるのもいいってもんよ」
商人風のおっさんが笑いながらエールを流し込む。忙しそうな店員にエールとつまみを頼むとイシュトへと向き直る。
「イシュトありがとうよ。勇者のおかげで世界は救われた。俺が全国民を代表して礼を言うぜ」
「何でアンタが代表すんだよ。一介の商人に礼を言われても嬉しくもねーぜ」
「お前さんは誰からも労われないだろ?勇者の御者なんて誰も見向きもしないからな。実際に魔王を倒したのは勇者だが陰で支えてきた事実を俺だけでも感謝しないとな」
「へっ、あんがとよっ」
エールが届き、イシュトと商人は乾杯を交わす。
イシュトは勇者一行の御者として始まりから終わりまでを見届けてきた。
魔王を倒した今でこそ誰もが勇者を讃えるが、最初はそれほど期待されたものではなかった。
国王から与えられた馬と馬車、エルディアと二人で旅は始まった。
それから地道に力を付け、各地で人々を苦しめる魔物を倒し、仲間を増やして次の町へ。
イシュトも最初の方こそ共に戦ったが、聖剣を手に入れ戦力も整ったころには仕事は御者の道一本へと固まっていった。
勇者たちの、エルディアのためになるならと自ら進んで色んなことをやった。下男などと蔑まれるのも半分は自業自得な部分もあるというものだ。
旅が少しでも快適になるように、彼らが実力を十分に発揮できるように。宿の手配や消耗品の買い出し、野宿での食事の準備や寝床の確保に寝ずの番。雑用を何でもこなしてきた。
自分なりにできることをしてきた、いつか魔王を倒すその日を夢見て。
「…だっていうのに、報われないよなァ!本当ならぁ~俺もあの中にいたんら!勇者は、本当は5人いたんじゃないでしょうか~ねぇぇ。え?え?」
「ひでぇ絡み酒だぜイシュトよぉ。でも分かる!俺たち商人だって言うなれば勇者を支えてきた陰の大黒柱だ!あの時、俺が武器を卸さなかったらダンジョンに巣喰っていた魔物を退治できたか?できたかもしんねぇ!だけど、結果的に俺は武器を卸した!それが未来、今日という日に繋がってんだ!」
「その通りだぜぇ、なのにあんの大臣ときたら。魔王を倒したから俺はクビだとかぬかして城を追い出しやがった。はぁー、クソっ」
「え、お前御者クビになったのか?」
「そうだぁ。今の俺は無職、無職なんだよなあ!大きい声じゃ言えないが、俺のおかげだぜ?!俺が支えてきたからこそやってこれたんだ!!なぁ?」
「ん~、飲み過ぎってほど飲んじゃいないが弱すぎだなイシュトよぉ。周りに迷惑かけるような飲み方はいけねぇやな」
「そうだぞ!」
酔っぱらいの声というのは大きくて喧しい。商人ベベスは悪酔いする友人に肩を貸してギルドを出ることにした。
夕刻、人の賑わいは衰えることなく休めるところを探すのは難しく、歩きに歩いて橋の袂まで辿り着いた。具合の悪そうな友人を抱え、川べりまで下りるとようやく休める場所を確保する。
「ヤベ、吐きそうだ」
イシュトは犬のように川の水を直飲みする。町の外に出れば誰でもやるような行為だが、街中でそんなことをするのはスラムの連中くらいだ。町の中を流れる川というのは飲み水にするには汚れすぎていた。
「おろろろろろろっ」
飲んだ分だけ吐き出してようやく楽になる。酔いもだいぶ醒めた。
「はあ。ありがとな、もう大丈夫だ」
「ならいいが」
二人で土手に腰を下ろす。水面をさらうように風が吹き抜ける、涼しい気持ちの良い風だ。
「愚痴って悪かったな。俺はもう少し休んでいくよ」
「そっか、じゃあ俺は支払いに戻るが」
「そか」
それを聞いてポケットをまさぐる。
「ああ、いいって。今日は俺の奢りだ。お前さんに感謝しているのは本当だからな」
「いいのか?金にがめついのが商人だろ」
「いつも儲けさせてもらってるからな。それより受け取りはどうするよ?明日のほうがいいか?」
「ああ、それで頼む。ありがとな」
礼を述べるとベベスは手を上げて戻っていった。
「さて、これからどうすっかな…」
栄光の道を歩み出した勇者たちとは真逆とまではいかなくても別の道を歩みだしてしまった自分。無職なんていってるが悲観するものでもない。冒険者にでもなって細々と暮らしていけばいいのだ。
それに勇者一行はエルディアを筆頭に、クセ者揃いだった。このまま別離するなら喜んで歓迎するほどに不満は感じていた。
イシュトは深く息を吐くと寝そべり、目を閉じた。何にしろ今は町が機能していない。急ぐ必要もないし体に残った酒を抜くことにした。
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「で、こうなる。と」
「いやあ、悪いねお客さん。ウチも部屋は全部埋まっちまってるよ」
夜、夜風に体を冷やしたイシュトは今日の寝床が無い事に気が付いた。既に何件もの宿屋を当たっているがどこも満室だった。それもそうだ、王都にこれだけの人が押し寄せれば限られたベッドが埋まってしまうのは自明だった。しかも宿屋の店主の話では、王都近隣の町や村でさえも宿屋はどこにも空きがないそうだ。改めてあの大臣を恨めしく思うとイシュトは野宿するべく王都の外へ出た。
王都を守る外壁の外では既に同じ目に遭った多くの人々がテントを張り、野宿を余儀なくされていた。
無数のテントの間を縫うように歩きながらイシュトは商人を探した。
浮かれて王都に押し寄せた人々が用意周到にテントを持参できたはずがない。誰もが当たり前のように宿を取れると思っていただろう。絶対にテントを売り捌いて儲けたどこぞの商人がいるはずだった。
王都の狂乱は最低でも7日は続く見通しである。町に居るのに宿無しとは何とも切ないものだ。
「テント?もう全部売っちゃったよ。お兄さん宿無し?残念だったね、今は串焼きしか売ってないかな、どう?夜のおつまみに買っていってよ」
結局は身一つで野宿することになった。何てことはない、今までも俺は見張りをしながら地面で寝ていた。人々に紛れて夜通し騒ぐことも王都の中で適当に道端で寝ることもできたが一人になりたい理由が俺にはあった。
『…おい、おい人間。いい加減無視するのはやめろ』
聖女の魔法で王都に運ばれて目を覚ましてから俺の頭には俺にしか聞こえない声がするようになった。
こんなこと初めてだがどうやら俺は悪魔の類いに憑りつかれてしまったらしい。
『恐れ敬うがいい、我が名はベルクヘルゼム。魔王ベルクヘルゼムである』