02 どうやらクビになったらしい
お祝いムードをお祭り騒ぎなどと例えるが、今日のソレはそんなもんでは収まらないほど賑やかだった。
人という種族にとって歴史的にめでたい記念すべきこの日、王都アリスンデールでは国の内外から人が押し寄せていた。
宿願ともいえる魔王討伐を成し遂げた勇者の帰還を祝した凱旋パレードが行われているのだ。
勇者の姿を一目見ようと沿道には多くの人が詰めかけて、王国騎士団が引くお立ち台に搭乗した勇者一行に手を振り、声を掛け、祝福の言葉を紡いだ。
「ったく、めでてーなぁ」
おかげで大通りとその周辺は渋滞どころか人の壁で身動きが取れなくなっていた。
くすんだねずみ色のローブを頭から深く被り、男が遠巻きに勇者一行を眺める。
勇者一行は人々に手を振って応えながらゆっくりと城を目指す、その後は近隣諸国の要人向けに魔王討伐の報告会をする。その後、記念晩餐会。そういう祝賀イベントを今日一日かけてやっていく予定になっている。
勇者一行が通り過ぎ、その勇姿を見届けた人々はその足で屋台や酒場に繰り出した。何せ今日はめでたい日だ、昼間から酒を飲んでも怒られない。むしろ祝わないほうが人として間違っている。
魔王のいなくなったこの世界を誰もが心から祝福した。
ローブの男はそんな人々の熱から逃れるように路地裏へと足を向ける。
男は恨めしそうに、苦し気な表情を浮かべるとローブをさらに深く被り暗がりへと消えていった。
「と思われたのだが、それはただのショートカットだったようで、こんなみすぼらしい恰好をしているにも関わらず、俺が向かった先は男の生涯とは永遠に無縁そうなこの国の城だったのです」
男が城の城門前を素通りし、城壁沿いに歩いて行くと正門とは別の、兵士や小間使いなどの下の者が利用する小さな門が見えてきた。
門番の兵士に止められると男はフードを取り、素顔を見せる。
黒髪の、少年から青年に成ったばかりといったどこか幼さを残した顔立ち、灰色の瞳の男は懐から身分を証明する紋章を取り出した。
それを兵士が確認すると、咎められることなく城の中へと足を進めて行った。
男は迷うことなく城の中を進み、目的の部屋まで辿り着いた。遠く、人々の喧騒がここまで届いていることに呆れながらもドアノブに手をかける。その瞬間、それよりも先にドアノブが回り、扉が開かれる。
「これはこれは、誰かと思えば。勇者様の下男殿ではありませんか」
予想外の人物の登場に男は身を引いて廊下の中央まで後退した。男の入ろうとした部屋から出てきたのはこの国の大臣の一人、アビトス大臣だった。
「……。どうも」
下男というのは小間使い、パシリ、召使い。はたまた奴隷のようなものだ。正確には違うかもしれないがこの場面において、アビトス大臣にとって目の前の男はそういう汚れた生きるに値しない類いのモノだった。
それが表情に見て取れる。ここには勇者も国王もいない、隠すこともなく大臣は侮蔑の視線を男によこした。
「俺に何か用ですか大臣さま。俺の部屋で何かしていたみたいですが…」
「ちょっと掃除をね、ですがちょうど今終わっところですよ」
言うと複数人のメイドが部屋から出てきた。手には掃除の道具、そして荷物を大臣に渡すと無言で去っていった。
「後はこのゴミを捨てるだけですが、ちょうど良かった。ゴミ捨ては貴方に任せるとしましょう」
大臣が放って投げたのは、間違いなく男の私物だった。それが男の足元に転がった。視線を落とすと無言で荷物を拾い上げる。
この大臣が勇者たちのいないところで男にこういう態度を取るのは常だった。
男は無視を決め込んで部屋へ入ることにする。だが。
「おっと、話を聞いていなかったんですか。この部屋は掃除したんですよ。貴方が入ったら汚れるではありませんか」
大臣が行く手を遮る。いつもはすぐ終わる嫌がらせも、やはり目がないと続くものらしかった。
「ここは俺の部屋なので」
「ここは客間です。国にとって大事なお客人のためのね。意味が分かりますか?」
「分かりませんが。勇者一行には部屋が一つずつ宛がわれたではありませんか。お忘れですか大臣さま」
「はっ。身の程を知れよゴミが。勇者への配慮、国王の温情があって仕方なくお前のようなモノにも部屋を与えたが魔王を討伐した今、それは無効になったのだ!それに分不相応だと思わないのか?ただ勇者にへこへこ付いて行くだけの馬の糞みたいなモノが勇者の一員のはずがあるまい」
大臣は眉間に皺を寄せ、心底汚らわしいモノを見るように声を荒げた。
「言葉が汚いですよ大臣さま」
「うるさいっ口をきくなっ。お前のようなゴミを見ていると反吐が出る!いいか、魔王を倒した時点で勇者めらは役目を果たした。これからは国のために尽力してもらう。よって勇者パーティーは解散し、不要なゴミは処分することになった。お前はクビになったのだ、当然ここからも出て行ってもらう!薄汚いお前に居場所などないのだ!」
「魔王を倒した勇者に対して随分な事を仰るようですが、それを勇者は知っているのですか」
「もちろんだ。エルディア殿たちには朝の時点で通達してある。この式典が終わればエルディア殿らには王国騎士団とともにこの国を唯一の強国にするための次の任に着いてもらう話が纏まっている。貴様は既に用済みなんだよ!」
ヒステリックな大臣を白い目で見る。この大臣の話を全て信じるほど愚かではないが、性格は最悪だが決して嘯く男ではないことも理解している。男はエルディアから今後についての話があると言われていたことを思い出し、大臣が先走って忌み嫌う自分を追い出そうとしているのだと結論づけた。
「分かりました。今までお世話になりました」
「ふん、いい気味だ。おい誰か!この薄汚い下男風情が物を盗んでいかないように城の外まで送ってやれ!」
男の下手に出た態度に溜飲を下げた大臣は近くの兵士に命じさせ、男を追い出しにかかった。
男は兵士に勇者の一員である証にと貰い受けていた紋章を返すとおとなしく指示に従い城を出た。
「さて」
まだ日が高い、勇者に確認を取ろうにも今日は会う事さえ叶わないかもしれない。
大臣の胸糞悪い態度に思うところがないわけじゃない、うまい酒が飲める気もしないが酒場へと足をむけることにした。