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013 街道を進めば SIDE.B

「は~あ、もっと勝利の余韻に浸っていたかったぜ」


ジャックが誰に言うでもなくひとりごちる。見上げる空は良く晴れていて、無邪気に遊ぶ鳥が見える。

シュバーク砦を目指し行軍する騎士の一団。アリスンデールの騎士は総数16000人弱、13の団からなる。それぞれに役割が与えられており、今回の任務には第3騎士団のおよそ半分の800名が当たっている。それに加えて臨時の戦力として徴収した冒険者200名あまりが参加していた。

元々この日程で行われることになっていたが砦の兵士を激励してほしいと要請を受けて急遽、勇者らの強制参加が決まったのだった。


「ジャックだけは王都に残ってもよかったのですよ」

「いやいや、分かってますって。これも勇者の務めってやつだろ?言ってみただけじゃんよ」


エルフのクティが勇者パーティーの先頭を歩くジャックに言葉を投げる。

ジャックの言う事も分かる。魔王を倒し、長い旅も終わった。戦いから離れて少し長い休息を取ってもいいんじゃないか、もっと噛み締める時間があってもいいのではないかとエルディアも思うのだった。

エルディア自身この件を快く受けはしたものの、仲間たちの疲弊を考えると無理を強いているんじゃないかと不安になった。しかし勇者という称号が民衆のためにあれとエルディアを追い立てる。

魔王がいなくなっても人々を苦しめる魔物が即消え失せるわけではない。今もどこかで誰かが血を流しているのだ。


今後について国から決定が下った。

魔王を倒した今こそが好機と、この世界から魔物を根絶することを決定したのだ。今頃は近隣諸国の大臣を招いて各国が連携を取れるように打診している頃だろう。

勇者はその先頭に立ち、騎士団と共に魔物の殲滅に当たることが勇者らには知らされていた。

言うなれば今日のこれこそが初陣とも言える。

砦の付近にできたという魔窟を掃討し無力化することがより良き世界への第一歩となるのだ。


「まあ、ジャックに倣うわけじゃないけど結構疲れるよねこれ。普段こんなに歩くことないし、足が痛いよ」


シュバーク砦は隣国のイルゼリア王国との国境を守る砦だ。王都からは2日は歩くことになる。朝から歩き詰めのエレナが辛そうにしている。


「おお、我が愛しの聖女様の足が!じゃあエレナちゃん、オレが背負う、いや是非背負わせて下さい!」

「ジャックは気持ち悪いですねー」


騎士が徒歩だというのに自分たちは勇者だからといって馬車に乗るのは心が痛い。最初に言ったのはエレナだった。流石聖女は言うことが違うとジャックが賛同し、用意してもらった馬車は物資を運搬するために使ってもらった。1000人を超すこの大所帯には水に食料、テントなどの物資を運ぶ馬車が多く必要だった。

では馬を用意いたしましょう。それも断った。

実は勇者パーティーの誰も馬に乗れなかったのである。常に馬車に揺られて移動していたし、聖女の帰還魔法さえあれば騎乗スキルなど身に付くはずもなかった。


「名誉のために言っておきますと、私は馬に乗れます。エルフは動物とも仲良しなので」


そこへ伝達の馬が駆けてくる。


「勇者様、お疲れ様でした。ここで昼食を摂ります。小一時間ほど休憩を取った後、出発となります」

「分かりました。ありがとうございます」

「ふあー休憩だー」


しばらく待つと昼食が運ばれてきた。料理番を務めた騎士がニコニコしながら配膳を行う。


「いやぁまさか、私の作った料理を勇者様方に食べて頂けるなんて感激です。何分、騎士の拙い料理ですのでお口に合えばいいのですが」

「いただきます」


緊張した面持ちで目を見張る料理番を横に、そんなに見られては食べづらいがエルディアたちは煮込みスープを口に運ぶ。


「……」

「どうでしょうか?」

「…ええ、とてもおいしいです…」

「ああ、良かった!」


出されたスープは豚肉を野菜と煮込んだスープだった。野菜は皮を剥かずぶつ切りで、肉は筋が多く噛み切りにくい。灰汁が十分に取りきれておらず肉の臭みが僅かに残り、表面に余計な脂がギトギトと浮かんでいる。そして何より塩気が足りない。

王都を出て間もないのにパンは硬く、チーズもだいぶ日数が経っているようだった。

好意で出された物を無下にはできず、聖女がお世辞を吐き出すと料理番は飛び跳ねて喜んだ。


「騎士の方たちはいつもこういったモノを?」

「ああ、いえ。はは、お恥ずかしい話ですが普段はもう少しグレードの低い物を。腹に入れば何でもいいような連中ばかりですので。勇者様にお出しするんですから少しだけ張り切ってみました。では失礼します、夕飯も期待していて下さい!」

「申し訳ないのですが、私はこれを食べられませんね。アナタと一緒に下げてもらえますか」

「え?」


聖女が口を濁したにも拘らず、クティはスープを下げた。


「な、何かマズいところがありましたか?」

「マズイも何も、ご存じ無いかも知れませんがエルフは肉を食べません」

「申し訳ありません。ちゃんとクティ様の分には肉がカケラも入らないように注意したのですがっ。今すぐ取り替えます!」

「いえ、そうではなく…。肉を煮込んだスープも同じことです。こんなギトギトと…」


明らかに場の空気が悪くなる。クティがスープを投げ捨てようとしたところ、疾風の如くジャックがお椀を奪い取る。


「いやー、悪気はないんだけど。すまんな、ウチのクティは食わず嫌いなんだ」

「いえ、申し訳ありませんでした」

「まるで私が悪いようではありませんか。はあ、まあいいです。私はパンだけ食べます。…すいませんがナッツバターを頂けますか?」

「え?ナッツ、バター?申し訳ありません。エルフの食生活には疎いものでして、一体どのようなものでしょうか?可能な限り再現致しますので!」

「は?ナッツバターをご存じない?ナッツバター無しにこんな硬いパンを私に食べろと仰るのですか?」

「いえ、その」


イライラするクティにエルディアが説明する。


「クティ、それはイシュトのオリジナルレシピなんだ。ナッツバターはイシュトしか作り方を知らないんだよ」

「え?」


目を丸くするクティ。

エルフは森に暮らす種族だ。自然を愛し自然と共に生きる。動物は友だちだし、肉やチーズなど動物から取れる物を食べる習慣はない。イシュトはエルフのクティでも問題なく食べれるようにいつも食事には気に掛けていたのだ。

エルフは里から基本的に出ないし、人とは友好的でもないので人間社会においてはエルフの嗜好や生態などほとんど知られていない。

クティが大人しくなったところで改めて料理番にお礼を言うとエルディアはその場を取り持つのだった。


「確かに美味くはなかったが食えなくはなかったな。まあ、オレは量の方が気になったけどな。いつも食ってる半分にもならなかったし、物足りねえわ」


食後にジャックが腹を擦る。クティのスープとチーズも食べたジャックだが本人の言う通り食事の量が少なかった。いつも満腹になるまで食べている彼からしたら、もしかすると舐めた程度にしか感じていないかもしれない。


「これからもずっと歩くだろうからね、満腹まで食べると歩けなくなるし何かあった時に動きが鈍るぞ」

「んなわけないって。じゃあちょっくら寝ますか」


これまではたらふく食べた後は馬車で昼寝をするのが日課だった。自動で出来た料理を思うまま食べて寝たいだけ寝れば自動で目的地へ運んでくれる。


「くあぁっ。私もちょっと眠い」


あくびを噛み殺し、切れず顔をそむけるエレナ。どうやらジャックだけでなく聖女であるエレナも日頃の習慣には勝てないようだ。クティは何も言わず丸くなっている。


「やはりお疲れだったんでしょうか。無理にお連れしてしまい、申し訳ないです」

「いえ、そんなことはないですよ。きっと大勢の騎士に守られて安心しているのでしょう」

「おお」


眠る仲間を見てため息を漏らすエルディア。しかし少しでも休めるならその方が良いと思い直し、自身も休むことにした。



******



「―なるほど、魔王が討たれたというのは真であったか」


魔王城に影が立っている。揺らめくように移動すると首のない遺体に視線を落とす。かつて魔王と恐れられたベルクヘルゼムの遺体だ。


「時が来た。ということか」


影が広がる。その暗黒にベルクヘルゼムの遺体を呑み込んでいく。と同時に銀色に輝く巨大な塊が現れる。


「しばらくはこれでよいだろう」


塊を残し、影は空気に溶けるように消えていった――



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