01 魔王、暁に散る
GW中に書き始めました。不定期更新です。
主人公の名前は異なる種族、人の頭をもじって異種人、イシュトと名付けました。
――北の果て、魔王城
「これでええぇ、終わりだああああっ!!!」
「ぐわああああっ!馬鹿な、人間風情が…我を倒すというのか……」
死闘の末、遂に勇者の聖剣が魔王の心臓を貫いた。
魔王は聖女とエルフの作り出した結界に阻まれ、その再生能力を封じられ自らの血だまりの中に沈んだ。
「やった、のか…」
「やったよ!私たちの勝利だ!」
「……ふう」
「はは、やっぱオレらは最高の仲間だな。イテテテ…」
勇者エルディアは魔王の死を確認するとようやく膝をつき、深く息を吐いた。後方支援していた聖女エレナと精霊魔術の使い手であるエルフのクティも緊張を解き、勝利に胸を躍らせた。
魔王にやられて壁まで吹き飛ばされていた竜槍使いのジャックも満身創痍ながらもパーティーの勝利を讃える。
「大丈夫かジャック、君が隙を作ってくれたおかげで僕の聖剣が魔王に届いたんだ」
「だろ?オレ様も命を張った甲斐があるってもんだぜ。てかごめん、エレナちゃん回復魔法かけて。見た目よりかなり重傷だからねオレ」
「そう言ってられるならまだまだ余裕よね。さあ、みんな集まって。治癒の陣を張るよ」
エレナがぱん!と両手を合わせると4人の足元に魔法陣が形成される。薄紅色の治癒の魔法陣が負傷した傷と気力を回復させていく。
「これで世界は平和になる。僕らは世界を救ったんだな」
「ええ、そうね。これからは人の時代がやってくる。魔王を倒したことで各地の魔物は弱体化してもっともっと暮らしやすくなるんだから。ね、エルディア。そしたら私たち……」
「ちょ、オレらの前でそういうのは勘弁だぜ。というかオレ様、まだエレナちゃんのこと諦めてないっしょ。これからはオレ様とエルディアの間で恋のバトルすっかんな」
「はは、お手柔らかに頼むよ」
「二人に付け入る隙など無いというのに、ジャックは愚かですねー」
「うるへー」
誰一人として欠けることなく魔王を倒したことで勇者一行は安堵していた。それをうち壊すかのように地鳴りが響きだした。
ゴゴゴゴゴゴゴッ――
「揺れてる、地震?」
「いえ、マズイですね。この揺れは魔王城が崩壊し始めたんです。魔王の最後の悪あがきでしょうね、せめて私たちを道連れにしようというのでしょう」
そんなことを言ってる間にも揺れは激しさを増し、戦闘で脆くなった壁は崩れ、柱は軋みを上げだした。天井の一部が崩落し、瓦礫が勇者めがけて降ってくる。それをジャックが槍で払う。
「ヤベーじゃん。オレ様も動ける程には回復してる。一刻も早く脱出しようじゃん、問題は城を出るまでもつかだが」
「大丈夫だよ。私の転移魔法で一気に王都まで帰ろう。帰還する分の魔力はちゃんと残してあるんだから!」
「さすエレ」
「じゃあいくよー!」
エレナが両手を合わせるとそれぞれが光の玉に包まれて宙に浮いた。これでどんなに遠くても予め帰還する場所にマーキングしてあれば安全に帰ることができる。
「待ってくれ、キングとイシュトがまだ!」
「心配しないで。そっちにも私の魔法は届くから。こんなとこに旅の仲間を置いて行ったりしないよ」
崩落が進む中、勇者たちを包む玉の光が一層輝きを増すと、急速に収縮して王都へ向けて飛翔していった。
勇者たちは無事脱出したのであった。
******
信じられなかった。
認められなかった。
悔しかった。
視界が暗く閉じていく。憎き人間、勇者と呼ばれた男の顔。
貫かれた心臓は動きを止めた、身体が重い、指一本動かせぬ。
ああ、寒い、凍えるようだ。これが死ぬ感覚、終わるということなのか。
遠くで何か聞こえる気がする。これは人の声、そうか、我の去った世界は人間のものになるのか。
魔族の王として不甲斐ない限り、皆はどう思うだろうか。
ああ、そうだ、せめて最後くらい足掻いてみせないと、な。
魔王の矜持、完全に消え去る前に、最後、の魔力で…みち、づ…れ……にぃ。
【禁忌魔術ソウルエスケープ】
瞬間、何もかもが鮮明に蘇った。
『ってバーカバーカ!誰が自爆なんてするか!我を倒したと思った?残念だったな。生きておる!この通り魂となってな!そもそも4対1とか卑怯じゃろ!』
魔王が死の淵で使ったのは反魂の法、肉体から魂を抜き取る禁術だった。
『あーもう、そんなに浮かれてはしゃぎおって勇者どもめ。待っておれ!今新しい肉体を手に入れてお前たちに真の絶望を味合わせてやろうぞ!クハハハハハハハッ』
魂だけの存在となった魔王の声は勇者たちには聞こえない。魔王は捨て台詞を吐くと、急いで玉座の間を後にした。
『誰でもよい!我に肉を捧げい!この魔王の血肉となる喜びを我が下僕たちに味合わせてくれようぞ!』
『あれー?何だ?どうして誰もいない!』
『こっちかなー?あっちかなー?ちょっとー誰かほんの一瞬でいいから身体貸して下さーい。先っちょ、先っちょだけでいいからー』
『おーい……』
城をくまなく探したが誰一人として生き残ってる者はいなかった。
城の外にも飛び出してみたが馬が一頭いただけで辺りに魔族はいなかった。
『まさか、我が眷属たちが皆殺しだと?!クソ!勇者どもめええぇぇッ!!!』
さすがにこれは魔王も予想してなかった。
このままだと本当に死んでしまう。肉体と切り離された魂は肉体がないと消えてしまう。魂だけでは長く生きられないのだ。
『くぅ、苦しい。時間がもうない、誰かぁ、誰でもいい…身体を、くれぇ…』
まさに風前の灯火、完全に弱り切った魔王はゆらゆらとエントランスに降り立った。
『あ、あれは…』
眷属たちの死体で血みどろになったエントランスに男が一人転がっていた。
目を閉じて動かないが微かに胸が上下している。
『寝ているだと?!。何なんだコイツは?勇者にまだ仲間がいたのか』
忌々しい。魔族の血でその身を染めながら平然と寝息を立てるなどと、あってはならないことだ。
『肉体を手に入れたらまずは貴様から八つ裂きにしてくれる…ぐぅっ』
意識が遠のいていくのが分かる、どうやらここまでのようだ。
魂には形がある。人には人の、魔族には魔族の。故に人間の体には入ることが出来ない。
魔王が復活するにはどうしても魔族の身体が必要なのだった。
『くそ…勇者め……』
憤怒、魂を焦がす程の怒りが込み上げてくる。
駄目だ、諦めるわけにはいかない。まだ手はあるはずだ。魔王だぞ?こんな簡単に終わっていいはずがなかろう。そうだ!我は魔王!魔王ベルクヘルゼムだ!!!我に不可能などありはせんっ。
『おおおおおおおおおおおおおおおおっ!!!!』
最後の足掻きだった。無理を承知でそこの人間の中に飛び込む。もう他に手はなかった。
頼む!どうか、どうか……!
******
「はー、クソだるっ」
俺は誰もいないのを確認してからため息をついた。
今しがた一仕事終えて、少し休憩するのにおあつらえ向きな石榑に腰掛けたところだった。
「はぁ~っと、魔王城っつっても城は城なんだな。人間でも魔族でもそうそう違ってるわけじゃねーんだな」
魔王城に来た感想。もっとおどろおどろしいところかと思っていたが建物自体は王都の城と見た感じ別に変らなかった。趣味嗜好で細部は違えど城という点において両者には通ずるものがある。
とはいえ、その豪華絢爛たる内装も今や見るも無残な有り様だった。
柱や壁などいたるところに破壊された形跡が見受けられる。俺が座ってる物も元は柱の一部だったのだろう、一部の装飾が同じなのでどこにあったものなのかは想像がつく。
「あー、つーか臭ぇよここ」
血の臭い、臓物の臭い、生き物の焼け焦げた臭い、ここには死の臭いが充満している。
まるで天地でもひっくり返したかのような壊れっぷりだが、それを上書きするように血が見えるもの全てを赤く赤く染めていた。
有り体に言って辺り一面血の海である。
壁も床も柱も俺自身も何もかもが赤かった。
原因は無数に転がる魔族の死体だ。いや、死体というのも怪しいほど原形を留めていないものも多く見受けられる。肉塊と言った方が正しい気もするが。
何だっけ?魔王軍の精鋭部隊に?幹部に?四天王がどうとか、言ってたっけ。
俺はさっきまで振るっていたナイフについた血をふき取りながら、ぼんやりとそんなことを考える。
魔王城のエントランス、そこに生者はただ一人。
「さすがにこの量を捌いたら俺だって疲れるっつーの」
俺は横になると瞼を閉じた。とりあえず環境は劣悪だがしばらくはここに居なきゃいけない。勇者たちが帰ってくるまでおとなしく寝ていよう。
ビキリ、と
突然、自分が裂ける感覚が襲ってくる。全身が硬直し、呼吸が止まる。
頭を内側からこじ開けられるような痛み、痛み、痛い痛いいたいいたいいたイイタイイタイアアアアッ!
ひぎぃ、何が起きて……。
次に視界を潰すほどの光が襲ってくる。
あり得ない痛みと浮遊感に襲われながら俺の意識は遠のいていった。