3.肌寒い春
「さて、少しは落ち着いたかな?」
「...はい、すみませんでした。」
あれからゲームショップをでて南瀬をつれて近くの公園まで来ていた。
「んじゃ、話の整理をしてみようか。南瀬のお母さんは度が過ぎた過保護であること。それを南瀬自身は嫌がってる。でもお母さんを傷つけるかもしれないから拒否はしたくないと?」
「うん。そんな感じです。」
「それじゃあ、お母さんを傷つけないってわかったら自分でお母さんに意見を言える?」
「...それは...。」
俺が予想していた通りの反応だった。これは彼女自身の問題だ。彼女が自分の母に正面から意見をぶつけることが出来れば状況が変わるだろう。しかし彼女はそれをしなっかった。
「それは我儘じゃないか?」
「...どういうことですか?」
訳が分からんといった顔で俺のほうを見た。...なるほど、自覚無しか。
「そのまんまの意味だよ。言葉も、態度も出さずにすべて分かってくれ、なんてただの我儘だよ。」
「っ...そんなことな」
「あるんだよ。」
強めの口調で言う。南瀬には申し訳ないがこのまま続ける。
「そんなことないっていえるんだったらお前は出来るのか?相手の『全て』を理解することを。」
ここまで言って南瀬は、はっとした表情を見せた。ようやく俺の言ったことが理解できたようだ。
「べつに俺はお前のお母さんの見方をしてお前に言っているわけじゃない。だがお母さんの立場を考えてみろ、娘のためを想ってやった行いが否定されないんだぞ?『娘が満足している。』って思っていてもおかしくないだろう。」
「...そっか...そうだったんだ...。」
南瀬はゆっくりとかみ締めるように言った。
母は娘を想って、娘は母の気持ちを無駄にしたくないという想いで今まで過ごして来たんだ。どちらもやさしい良い親子じゃないか。
「でも決めるのは南瀬自身だから俺は何も言わないよ。南瀬はどうしたい?これからもこの状態でいるか、それとも...」
「うん、私、お母さんときっちり話し合ってきます。お母さんに感謝していること、それと私はもう小さい子供じゃないってことを伝えてきます!」
芯のある力強い声が俺に向かってくる。どうやら俺の役目は終わったようだな。
「そうか、それじゃ、行ってきな。がんばれよ。」
「はいっ!」
彼女はこちらに一礼をし公園を走って出て行った。残された俺は彼女の親子関係を少しうらやましく思いながら帰路に着いた。
翌日、結月といつも通り適当に会話しながら教室に向かった。俺と結月は学校に来るのが早い。なぜなら俺たちは早く起きているからだ。俺は朝は弱いのだが毎朝早く起きる結月が部屋に突入してくるため起きなければならない。そんな理由で俺は皆よりちょっと早い時間に学校に来ているのだが、教室には既に先客がいた。
かわいい女の子だった。おそらく美少女という部類にはいるであろう顔立ち、黒い髪を肩にかかるくらいまで伸ばし、身長は昨日あった南瀬と同じくらいだろう高さだった。...というかこんな子昨日いたか?
そんな少女はこちらに気づいたらしく話しかけてきた。
「あっ!おはよう月ヶ瀬くん!」
「お、おはよう...?」
いきなり知らない子にあいさつされて少し動揺してしまった。
「...えっと...誰だっけ?」
たぶんかなり失礼なことを言っていると思う。申し訳ねえ...。だってわからないんだもん。
「ひどいなぁ、南瀬だよ?昨日あったでしょ?」
「はぁ?!」
「そんなに驚くこと?!」
「いやだって、髪型も口調も違うし...それに雰囲気も、ほんとに南瀬?」
「そうだよ!」
信じてもらえないようで少し不機嫌になってしまった南瀬。だって昨日あったときとぜんぜん違うんだよ。
「どしたのその格好?」
「...昨日あの後お母さんと話し合ったんだけど、私の好きなようにしてもいいって言ってくれたんだ!」
「なるほど、それでイメージチェンジ?」
「そう!月ヶ瀬君のおかげだよ!」
「いや、俺は何もやってないよ。ただ俺の考えを言っただけ。」
「それでも私は君に救われたの。だからありがと!」
春が来たばかりの少し肌寒い空気の中、草や花が力強く美しくある様に、南瀬渚の屈託のない笑顔は確かにそこにあった。
「これからよろしくね。月ヶ瀬君!」
「あぁ、よろしく。南瀬。」