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愛さずにはいられない  作者: 松澤 康廣
忘れ時の
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4 (2)

「待っていても仕方がない。今、鎌倉の玉縄城は改築中だ。小田原に負けないくらいの堅固な城になるらしい。そのための資材が不足しているということだ。だから、栗の木を切って、持って行く。お前も一緒に行くのだ」

 権現山城の戦いから2年が経った。

 河井の焦燥は極まっていた。開拓者が増えなければ、この村を放棄するしかない。

それは絶対、避けなければならないことだった。


 河井家の裏の森には数えきれない位の栗の木があった。以前住んでいた村の住人が育てたものなのだろう、適度な間隔で整然と育っていた。どれも立派な大きさの栗の木になっていた。そのうちでも、最も幹の太い栗の木を2本切って、荷車に積んだ。

 最初は直接城に栗の木を運んで、何とか交渉して城の有力者に会い、村に人を呼んで貰える様に依頼しようと河井は考えた。しかし、そううまく事が運ぶとは思えなかった。栗の木は奪われ、話は聞いて貰えず、早々に追い払われるかもしれない。そこで、考えを変えた。境川の河口の、材木を城に供給している材木専門業者に頼むことにした。 河井は幸田川の向こうの山越えの村の百姓から情報は得ていた。そこの村も材木を売って生計を補っていた。河口の材木専門の運送業者にもっていけば、いくらでも高く売れる……。

 その運送業者に頼み込んで城に運ぶ。都合のいい話だが、今後、必ず栗の木を売るとでも約束すれば、協力してくれると踏んだ。そして、それしか方法はないと河井は考えた。

 二本の栗の木の枝を切って運びやすくし、前日に荷車に積んだ。結構な重さになった。河井と三郎の二人で最初は行く予定だったが、最終的に河井と三郎と幸太で出発することになった。

 翌朝早く、三人は出発した。

 一山越えて、和田村に入る手前で、鎌倉道かまくらみちに入った。そこから境川沿いを下り、飯田村に出た。そこで境川を渡った。境川では、荷を降ろし、先ず荷車を運んだ。それから、三人で栗の木を肩に乗せて渡った。三人いても三度も往復しなければならなかった。

 飯田からは境川を右手に見ながら下った。

 戸塚に入ると、広い水田が広がった。

 前方かなり離れたところに小高い山があった。そのずっと向こうに玉縄城はあると河井は言ったが、どの道を通ればそこに行かれるかは河井も分からいようだった。

「この村からもたくさん働きに出ているよ。それらしい人間についていけば大丈夫だ」道を尋ねた百姓はそう言った。

 三郎は玉縄城への道を尋ねる理由が分からなかった。予定を変えて、そこに直接行くつもりなのかと思ったが、相変わらず、河井は川沿いを歩いた。城の場所を確認したかっただけのようだった。

 境川は海に近づくほどに川幅を広げ、海への注ぎ口では幾艘もの船が並行して通行可能なほどの川幅になっていた。三郎は、相模川もこうだったなと、初めて相模の地に足を踏み入れたあの日を思い出していた。

 河口の港の岸壁に屈強な若い男が腰を下ろしていた。男は荷車を引く三人を興味深そうにじっと見ていた。その男に河井は話しかけた。

「材木を玉縄城に運びたいのだが、だれか仲介できる人を紹介してくれないか?」

 男は声をかけられるのを待っていたかのように、満足げな表情をして、言った。

「栗の木を売りに来たのかと思ったが……。これは実に立派な栗の木だ。これなら、高く売れる。うちの主人が玉縄の城に材木を運んでいるから、ここで売ったらいい。主人は必ず買い取るはずだ。ちょっと待っていてくれ。呼んで来るから」

「いや。売るために持ってきたのではない」河井は、これを提供して、村に開発者を送り込んでもらえるよう交渉したいのだということを若者に告げた。

「城に知り合いでもいるのか。そう簡単に城には入れないぞ。そうしたいのなら、なおさらうちの主人に頼めばいい。きっと何とかしてくれる。ちょっと待ってくれ。呼んでくるから」

 河井の返事を待たずに、男は決めてかかり、両手で拝むしぐさをした後、急ぎ振り向いて、走り去った。


 それから、結構待たされた。しかし、予定通りと言えば予定通りだ。そう簡単にことは運ばないものだ。うまく会えるようだったら、実情を話して、主人に分かってもらうしかないと河井は決めていた。


「主人が会いたいと言っている。栗の木を見たいと言っているから、それを引いて、一緒に来てくれ」

 男は走って戻ってくると、苦しそうに息をしながら、言葉を吐き出した。


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