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愛さずにはいられない  作者: 松澤 康廣
忘れ時の
19/69

 教員を1年もすると、私は再び河井と疎遠になった。

 初年度こそ市役所に行く研修が何度かあったが、それ以降はその機会も減り、(たま)に市役所に行ったとしても、会うことは無かった。


 教員であることは、思っていた以上に苛烈なものだった。2、3年は先輩の言葉通りの「常在戦場」のような生活を私はした。

 教員にもようやれ、心にゆとりがではじめた教員5年目の秋、私は恋をした。

 相手は、その年、新卒として私の勤める中学校に赴任してきた尾上雪子だ。国語の教師だった。そして6年目の春に結婚した。


 その年、私は南北に長いY市の最北のT中学校からさほど離れていないS中学校に転任した。

 T中学校で初年度を終えたばかりの勤務期間の短い雪子に配慮し、私が転勤することになった。

 夫婦で同一中学に勤務することはあり得ないことだった。


 結婚して、すぐに母と別居した。

 通勤を考え、駅近くのマンションに移り住んだ。

 実家に近いことも選んだ理由の一つだった。

 自転車で10分ほどで行ける距離だった。

 雪子が同居を拒みはしなかったので、同居も考えないわけではなかったが、当の母が拒んだ。

 遠慮しているのだろうとは思ったが、雪子の本心は同居ではないのは分かっていたので、すんなりと別居となった。


 結婚した年に雪子は身ごもり、翌年、長男 邦和が生まれ、それから2年後に次男 邦之が生まれた。

 同じ時期に河井も結婚した。

 それはずっと後になって知った。

 彼も私も結婚式にお互いを呼ばなかった。


 雪子は結婚当初、子どもが生まれたら職場を止めると言っていたが、長男の邦和が生まれても、2年後、次男 邦之が生まれても、それぞれ1年の育児休業の後、職場復帰した。  

 2人の子は保育園に入れたが、熱を出せば、通えない。 

 それは、何度も起きた。

 雪子も私も交代で勤務を休むことになるが、それだけですまなかった。多くの場合、母に頼んだ。

 私が休むことで同僚がどれだけ苦労するかを考えると、そう度々休めなかった。

 2人の子が中学にあがるまで、それは続いた。


 無理をしてでも、共稼ぎを続けたことは大きな価値を生んだ。続けたからこそ、二人を私学の中学校に進ませることができた……。

 当時、Y市に中学は6校しかなく、私が勤務する中学にわが子が通うことになる可能性があるのだ。

 そのことを、避けねばならなかった。

 自分の働く姿を見せたくないし、息子も望まないだろう。そうならなかったとしても、私や妻を知る教員がどこの学校にもいるのが実情だ。子どもの精神的負担は大きいに違いない。

 実際、年上の同僚から「私学に進めた方がいい。問題が起きたら、親にとっても子どもにとっても辛いことになる」と助言を受けた。

 彼の子供たちは皆私学に通っていた。


 小学校高学年になって、この問題が切迫すると、私は精神的に負担となった。

 妻と話し合い、2人を私学に通わせることにした。

 長男に、市内の中学にあがったら、私か母と同じ中学に通うことになるかもしれない、だから、中学は私学に通ったほうが良いと伝えると、長男は「ほんとう」、と言って喜んだ。

 わが子も負担に感じていたのだ。

 次男は当然のように私学に進んだ。

 

 S中学校に転勤して三年後、私は過大規模校のためS中学校から分離したH中学校に異動した。

 そこで私は10年勤めた。

 

 そこから更に中部にあるN中学校に転任した時には私は40代になっていた。

 私は担任を外れ、学年主任となった。

「主任には向かないとは思うが、年齢を考えればそうはいかんのは分かるだろう」が校長の説得の言葉だった。


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