07
「もう終わりですか」
「くそっ…」
木剣を地面に突き立て、荒く息をつくレナルドを見下ろしてクリストファーは口を開いた。
「殿下は剣の訓練に熱心だと聞いていましたがその程度とは。それとも田舎暮らしで腕が鈍ってしまったんですかね」
容赦のない言葉を放つクリストファーは全く息が乱れた様子もない。
「…なんで魔術師なのにそんなに強いんだよ…」
「魔術師だから剣を握ってはならない事はないでしょう」
全く歯が立たなかった。
五歳の年齢差と体格差があるとはいえ、レナルドは普段もっと体格のいい、王宮の護衛を務める近衛騎士達から指導を受けているし、同世代との手合わせでは負けたことがない。
だからいい勝負になるだろう。
そう踏んだのだが———結果は圧倒的だった。
魔法を使った形跡はない。
ただ剣だけの力で、クリストファーはレナルドをあっという間に打ち負かしたのだ。
「…少し手加減してあげればいいのに」
裏庭で戦う二人の様子を、やや離れたテラスから眺めていたイリスは誰にも聞こえないようにぽつりと呟いた。
———まあ、あの兄がそんな事をするとも思えないが。
「そんな弱い男に大事な妹は任せられませんね」
「…もう一度だ!」
立ち上がるとレナルドは剣を構え直してクリストファーに向かって行った。
「楽しそうな事をやっているね」
二人の戦いを見つめていたイリスの耳元に突然声が聞こえた。
「…お父様!」
くるりと振り返ると背後に現れた人物に抱きつく。
「戻るのは明日ではなかったの?」
「ちょっと頑張ったら早く帰ってこれたんだよ」
「…ちょっとじゃないだろう」
父フェリクスの後ろからため息と共に別の男の声が聞こえた。
———この人がオドラン伯爵だろうか。
父親と同じくらいの年齢の、疲れ切った表情の男性が立っていた。
「あんな滅茶苦茶な移動魔法、見た事も聞いた事もないぞ」
「なに、一刻も早く子供に会いたかったからね」
頭を撫でられ、嬉しそうに目を細めてから父親から身体を離すと、イリスはオドラン伯爵に向かってスカートの裾をつまんだ。
「イリスと申します」
「はじめまして、コナー・オドランだ。フェリクスが自慢している通り可愛らしいお嬢さんだね」
笑顔でそう言うと、オドラン伯爵はイリスの後ろへと目を向けた。
「…あれがもう一人の、噂の息子かい」
「噂?」
「魔術はもちろん剣も強い、首席で入学した将来有望な若者ってね。入学早々剣術大会で優勝したそうだね、王宮まで評判が届いているよ」
「お兄様が?」
「魔術局だけじゃなくて騎士団からも目をつけられているそうだよ、クリストファー・オービニエは」
振り返るとクリストファーは再びレナルドを地面に沈めた所だった。
「で、あの二人は何で手合わせなんかやっているんだい」
「ええと…」
「父上」
こちらに気がついたクリストファーが近づいてきた。
「明日ではなかったのですか」
「頑張って早く帰ってきたんだよ」
そう答えたフェリクスの手が光を帯びた。
光の玉が浮き上がり、飛んで行くと地面に倒れたままのレナルドを包み込んだ。
治療魔法で癒したのだろう。
「殿下を放置したままはよくないな」
「…いいんです、虫退治ですから」
「虫退治?」
「イリスを妃にしたいなどど言い出したので、ならば僕を倒してみろと」
二人の伯爵は顔を見合わせた。
「———そうか、それは私も手伝わないとならないな」
「待てフェリクス!」
今度はバチバチと不穏な音を立てる光の玉を手のひらに浮かべたフェリクスを、コナーは慌てて制した。
普段は開発部で魔術の研究に勤しんでいる同僚が、本当は魔術師団長よりも強い攻撃力を持っている事を知っているのだ。
「子供の言う事だ、そう真に受けるな!」
「僕は本気だ」
いつのまにか、レナルドがすぐ側に立っていた。
「伯父上。僕はイリス・オービニエ嬢を妃とする事に決めた」
「……レナルド殿下」
コナーは落ち着こうと深く息を吐いた。
「その件は置いておいて…まず今回の件について説明してもいいですか」




