06
「お父様だわ」
本を読んでいた図書室に突然飛び込んできた銀色の小鳥を見て、イリスは嬉しそうに声を上げた。
「イリスの父上?」
「お父様からの手紙なの」
手のひらを小鳥に向かって差し出すと、ちょんとその上に飛び乗る。
次の瞬間、小鳥は銀のリボンを結んで丸められた書状へと変化した。
「…王宮で使っている伝書魔法とは違うんだな」
イリスがリボンを解くのを見つめながらレナルドは言った。
レナルドが見た事があるのは、王宮で働く者達が使っている、指定の場所に届けられるようになっているものだ。
このように何か別のものに変化する手紙は見たことがない。
「お父様は魔法を工夫するのがお仕事なの」
子供のイリスを喜ばせるために、小鳥のような可愛らしい形にしたのだろうか。
「それで、何て書いてあるの?」
「帰ってくるわ」
手紙を読んでいたイリスの顔がパッと明るくなった。
「馬を飛ばしてくるから明後日には着くって」
「殿下」
部屋に入ってきたクリストファーが、イリスの手にしているものに視線を止めた。
「…イリスにも届いたのか」
「ええ、お父様が帰ってくるって」
イリスは顔を上げると兄を見上げた。
「お兄様にも?」
「ああ。———殿下」
頷いて、クリストファーはレナルドに視線を移すと手にしていた書状を示した。
「宰相が更迭されたそうです」
「…そうか。意外と早かったな」
「予想していたのですか」
「あの男の味方は減ってきていたし、そもそも僕は王位に興味はない」
冷めた声でレナルドは言った。
「———確かに権力の集中し過ぎはよくないだろうが、バルビエ侯爵は悪人ではない。彼が後ろに付いているアルセーヌも気の弱い所はあるが、それなりにいい王になるだろう」
正妃の長男アルセーヌはレナルドより三ヶ月ほど先に生まれた、国王にとって最初の男子だ。
素質に問題がなければ彼が次期王になるのが順当なのだ。
「そうですか…それで今、父と共にオドラン伯爵がこちらに向かっています」
「伯父上が?」
「二人は魔法を使うので明後日には着きますが、殿下の迎えの馬車は五日後に到着予定です」
「…五日後」
「殿下は王宮へ帰れるのね」
笑顔でそう言うイリスを見て、レナルドは対照的にムッとした表情になった。
「イリスは僕がいなくなるのは嬉しいの?」
「…帰ってしまうのは寂しいけれど、王宮にはご家族がいらっしゃるのでしょう。それに屋敷の外に出られないような不自由な生活を送るのは辛いでしょう?」
「イリスがいれば辛くなんかない」
レナルドはイリスの手を握りしめた。
「殿下はいつまでもこんな田舎にいてはいけません」
すかさずクリストファーがその手を振りほどこうとするのを制するように、レナルドはイリスを引き寄せた。
「殿下」
「王宮へ帰るならイリスも連れて行く」
「出来るわけないでしょう。イリスはここから離れられないんです」
「結界の中にいればいいんだろう。王宮にイリスの家を用意する」
「ダメです」
「イリスは?僕と王宮に行くのは嫌?」
レナルドはイリスを抱きしめた。
「僕は…一生イリスと一緒にいたい」
「…殿下」
イリスは口を開いた。
「私はしがない伯爵家の娘です。殿下にはもっとふさわしい方が…」
「僕はイリスがいいんだ」
そう言うとレナルドはイリスの頬に唇を押し当てた。
「殿下!」
「父上にイリスを僕の妃にするよう頼むからな」
「———分かりました」
ふいにクリストファーの目が据わった。
「そんなにイリスを望むのなら、僕に勝ってもらいましょうか」
「勝つ?」
「剣で勝負しましょう」
氷のような冷たい青い瞳がレナルドを睨みつけた。




