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「何?!」
背後で響いた爆発音にラナは身構えた。
「お兄様達が追いついたみたい」
背後を見る事なくイリスは答えた。
「気にせず真っ直ぐ走って。女神やお兄様達が守ってくれるから」
「はっ」
イリスは服の上から欠片のペンダントを握りしめた。
(それにしても…あれは変な感覚だったわ)
ユーピテルとは何度も言葉を交わしていたが、自身の口を通して女神の言葉を人に伝えたのは初めてだった。
意識はあるのに、自分の意思ではない言葉を話す。
身体の中に自分以外の誰かがいる気配。
———これから、何度もあの体験をするようになるのだろうか。
『なに、すぐに慣れる』
イリスの心が伝わったのか、女神の声が頭の中に響いた。
『しかしそなたは面白い。古の時代はともかく、普通の巫女はこのように我やユーピテルと会話をする事はままならぬものよ』
(…そうなのですか)
『ユーピテルもそなたを気に入ってるようだ。どうだ巫女よ、あれの子を成して我にくれぬか』
「お断りします!」
「巫女様?」
思わず叫ぶとラナが訝しげに声を掛けた。
「イリス!」
背後からよく知った声が聞こえた。
「レナルド…!」
「無事か?!」
追いついたレナルドは馬を寄せた。
「ええ…!」
「良かった」
ほっとした笑顔を見せると、すぐに鋭い視線で背後を振り返る。
「…追いかけてくるか」
魔法や剣で戦っているのであろう、光を放ちながら後から来る一団を見やると、レナルドは再び前を向いた。
前方の小高くなった上に虹の柱は立っていた。
空を貫くほどの高さの、その先は見上げても見えない。
と、まるで溶けるように虹の柱はふいにその姿を消した。
「消えた…?」
『もう目印は必要ないであろう』
耳慣れない女性の声にはっとして横を向くと、虹色に光る瞳のイリスがこちらを見ていた。
その視線がレナルドの背後へと移る。
『ユーピテルの力を宿すか』
知らない声と表情でイリスは言った。
『本当に面白い血だ、ますます欲しいの』
赤い瞳のクリストファーを見やると笑みを浮かべる。
「———女神」
ユーピテルを通じて意図が分かったのか、クリストファーは眉をひそめた。
「それは…」
「神殿に着きます!」
ラナが叫んだ。
『ご苦労であった』
神殿へと続く石段の下までくると、イリスは軽やかな身のこなしで飛び降りた。
『この先は未だ人間は入れぬ』
振り返ると馬上の三人を見上げる。
『兄は付いて参れ。後は暫くオーケアノスの連中の相手をしておれ』
そう言うと、イリスはレナルドを見た。
『王子よ。この巫女を望むなら巫女に相応しい男か我に示せ。恋敵の一人や二人倒してみよ』
ふっと笑みを浮かべると、イリスは身を翻して石段を上がっていった。
クリストファーも後を追おうとして立ち止まった。
「殿下、ユーピテルからの伝言です。『もしもやられても巫女は責任持って引き取るから案ずるな』と」
「は?」
「女神ジュノーはイリスにユーピテルの子を産んで欲しいようですよ」
「…はあ?!」
「では」
同じように身を翻してクリストファーは石段を駆け上がった。




