09
ふいに馬車が止まった気配を感じた。
「…何だ」
ヘンリクがわずかにカーテンを開けた。
「殿下」
馬車の外から男の声が聞こえた。
「どうした」
「それが…突然馬が動かなくなりました」
「どういう事だ」
「分かりません。調べるのでお二人共外に出て頂けますか」
「…分かった」
馬車の扉が開くと、昨夜と同じようにヘンリクはイリスを抱き上げて降りた。
「ここは…」
寂しい風景が一面に広がっていた。
栄養のない痩せた土と、わずかに植物が生えるばかりの、生命を感じられない大地。
遠くに見える人工物らしきものは、朽ちた建物だろうか。
「ここは我が国の領地…と言いたい所だが。手がつけられずに持て余している、海神の加護が及ばぬ土地だ」
———そうか。
ここはもう、かつてシエル聖王国だった場所なのか。
馬上のラナへ視線を送ると彼女はわずかに頷いた。
「寂しい…」
胸に湧き上がった感情が知らず言葉から漏れる。
こんな場所に女神は一人眠っているのか。
寂しい。悲しい。
あんなに美しかったのに。
ここは…この地は、女神の造った理想郷だったのに。
湧き上がる感情はイリスのものなのか、女神のものなのか。
「…っ…」
心の奥底から溢れ出そうとするそれが熱を帯びて、イリスは息苦しさを覚えた。
「…姫?」
異変に気付いたヘンリクがイリスの顔を覗き込んだ。
「どうした」
「っはぁ…」
「姫!」
苦しい。
熱い。
体内から湧き上がる何かを———縛られた術に阻まれて外に放出する事ができない。
「姫!大丈夫か?!」
苦しさに喘ぎ始めたイリスにヘンリクは困惑した。
「殿下…姫君を封じる術を解くのがよろしいかと」
黒いローブをまとった男がヘンリクの傍に立った。
「しかし」
「姫君は尋常でない様子。このままでは…」
その時、イリスの胸元が光った。
「っ…」
「何だ!」
光はどんどん強くなっていく。
その光に呼応するように、大地が強い光に満ちた。
「何だ?」
突然前方が光輝き出し、レナルド達は馬の脚を止めた。
「光…?」
「あれは!」
光の中から虹色に光る柱が立ち上った。
柱はゆっくりと空に向かって登っていく。
それはひどく美しくて幻想的な光景だった。
「何が…」
「橋が———」
クリストファーは目を見開いた。
「女神の橋が…架かった」
「橋?」
「女神が目覚めた!早くイリスの元へ!」
クリストファーは強く手綱を引いた。




