08
馬車の中から外は見えない。
どこを走っているのか、どれくらいの速度なのか、イリスには分からなかった。
イリスの気を引くためか、気を紛らわすためか、ヘンリクはサルマント王国の事をイリスへ語った。
ヘンリクが語る見た事のない海や港町の光景は憧れるものであったが…決してヘンリクの妃として行きたいものではない。
…悪い人ではないのだけれど。
ヘンリクは王太子だけあって、頭も良くて話も面白い。
誘拐は悪い事だが、イリスへ無体な事をする事はない。
仮眠を取った時もベッドは一緒だったが…抱きしめてはくるけれど、それ以上の事はしてこなかった。
(ベッド…)
その時の事を思い出してしまい、心が暗くなる。
———レナルドとだって、そこまではしていないのに。
抱擁やキスはするが、流石に一つベッドで共に眠る事はなかった。
…あれは単にクリストファーが怖いというだけだったのかもしれないけれど。
(レナルド…)
心の中で呟いてイリスは目を伏せた。
「ここがイリスが滞在していた家ですね」
人目を避けるように、道から外れた場所に建てられた建物の前でクリストファーは止まった。
加護を受けた馬は信じられないくらいの速さで走った。
まるで空を駆けるようにレナルド達はひた走った。
「中を調べるか?」
「いえ、それは後にしましょう」
「あ!」
不意にオレールが馬から飛び降りた。
「どうした」
「これ…イリス様の腕輪では?」
家の壁の下に落ちていた腕輪を拾い上げるとクリストファーに渡す。
「確かに…このリボンは?」
腕輪には白いリボンが結ばれていた。
「何かのメッセージのようだな…おいクリストファー」
「ええ」
バーナードに頷くと、クリストファーはリボンに手をかざした。
光ったリボンから文字が浮き上がる。
「王の道の先はシエルの地へ——ラナ、とあるな」
「おお、ラナか」
「知っているのか」
「ラナはサルマント王国の護衛騎士を務めているが〝仲間〟だ。彼女がお嬢の側にいるなら安心だろう」
バーナードは笑みを浮かべた。
「女だが剣の腕は一流だ。何せ俺が鍛えたからな」
「それは頼もしいな」
「仲間…とは?」
オレールが訝しげな表情を見せた。
「お嬢を守る仲間だ。サルマント王国にいる内の一人だよ」
そう答えると、バーナードはクリストファーを見た。
「それでその文字の意味だが…」
「———王の道とは、サルマントとアランブールを繋ぐ道のようだ。より早く安全に通れる場所を選んでいる」
「…何故そんな事を知っている?」
「ユーピテルの知識が流れてくるようです」
赤い瞳がレナルドを見た。
「イリス達が通る道の先に、シエルがあるという事でしょう」
「そうか…急ごう」
レナルドは手綱を握り直した。




