01
「え…」
家の中に入るなり視界に入ってきた光景と匂いにイリスは思わず後ずさった。
玄関のあらゆる場所に色とりどりの花が飾られていた。
それはまるで咲き誇る花園を家の中に持ち込んだようだった。
華やかという言葉を通り越して、それらは目眩がするほど過剰な色彩と香りを放っていた。
「うわ…」
後ろから顔を覗かせたレナルドも引いている。
「お嬢様」
困った表情のメイドがイリスを出迎えると、一通の封筒を差し出した。
「贈り主からです」
「…ありがとう」
こんなに大量の花を贈りつける相手は一人しかいないけれど…
封筒を裏返すと、案の定封蝋に刻まれた印章はここ最近見覚えるようになったものだった。
封筒を開くとかすかに磯の香りを感じる。
中には薄紅色の貝殻と、美しい海辺の風景が描かれたカードが入っていた。
カードには「愛しい姫君へ」という言葉と王太子ヘンリクの署名が書かれてある。
口説くだけでは飽き足らなくなったのか、ヘンリクは贈り物攻勢に出た。
王家の家宝だと言う真珠のネックレスを渡そうとしてきたので丁寧にお断りしたのだが、今度は花を贈る事にしたようだ。
「…花ならば数日で枯れるし送り返しづらい…敵ながら考えたな」
レナルドが唸った。
「それにしても…この量は…」
「お嬢様の部屋に飾ろうとしたのですが…多過ぎましたのでお部屋は花瓶一つにしておきました。あまり匂いがありすぎてもお休みづらいかと…」
「そうね…ありがとう」
メイドの気遣いに笑顔で応える。
後から帰ってきたフェリクスとクリストファーも、家に入るなり顔を引きつらせていた。
「姫。贈り物は喜んでもらえただろうか」
翌朝登園するとヘンリクが声を掛けてきた。
「殿下…素敵なお花をありがとうございます。ですが…量が多すぎです」
「私の姫への愛を表すにはまだ少ないくらいなのだが」
「…我が家には飾りきれないので…」
———愛が重い…
顔には出さずにイリスは心の中でため息をついた。
イリスへの求婚を諦めてもらえるよう、アランブール王家からも伝えてもらったのだが、ヘンリクはどこ吹く風といった様子で気にも留めない。
これで恋にうつつを抜かしているならば強く出られるのだが、本来の目的である視察はきちんとこなしているし授業態度も真面目で成績も申し分ない。
———あと十日の辛抱だ。
十日後には夏季休暇に入り、ヘンリクは国に帰る。
それを乗り越えれば…完全に諦められなくとも今よりは求愛の頻度も減るだろうし、距離が開けば熱も冷めるだろう。
「イリス様」
ヘンリクから逃れ、席へと付いたイリスにフランソワーズが声を掛けてきた。
「朝からお疲れ様ですわね」
「…本当に…」
「ところでイリス様は夏季休暇はどうなされますの?領地に戻られるのですか?」
「ええ、その予定です」
「オービニエ家の領地は北の方ですわよね。我が家に寄る事は出来ませんか?」
「フランソワーズ様の…領地にですか」
「長いお休みを取れるのはこれが最後になりそうなので…」
フランソワーズは少し眉を下げてそう言った。
「一度、お友達を領地に招待したかったんですの…」
来年、学園を卒業すると同時にアルセーヌが王太子になる事が決まった。
二年前の事件で一時はその可能性が消えかかったが、その後の本人の努力もあって今では彼を不安視する者もほとんどいないらしい。
他の二人の王子も、レナルドは昔から王位にはつかないと公言しているし、ジュリアンも外交に興味があるらしく、その道で兄を支えたいと言っている。
そしてアルセーヌが王太子になれば、婚約者のフランソワーズは王太子妃、そして未来の王妃となる。
その為の教育が夏季休暇明けから本格的に始まるのだ。
始まってしまえばフランソワーズに自由な時間はほとんどなくなってしまう。
領地に帰ることすらままならなくなってしまうだろう。
「まあ。それなら喜んで伺わせて頂きます」
「本当ですか」
フランソワーズは嬉しそうに声を上げた。
「楽しみですわ。ご案内したい場所も沢山ありますの」
バルビエ侯爵領は風光明媚な場所も多く観光地としても人気だと聞いた事がある。
「私も楽しみです。早く夏季休暇が来て欲しいですね」
「ええ」
顔を見合わせ笑顔を交わした。
翌日、ヘンリクから今度は花束が一つと封筒が届けられた。
封筒には違う色の美しい貝殻と、異なる絵柄のカードが入っている。
その二つの贈り物は終業式の前日まで毎日届けられた。




