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虹の瞳を継ぐ娘  作者: 冬野月子
第1章 出会い
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04

「こちらが今の地図、隣は百年以上昔のものになります」

机の上に二枚の地図を広げて家庭教師はそう言った。


クリストファーが折れて、イリスの勉強の時間にレナルドが同席するようになった。

今日は歴史の勉強だ。


「…随分と国の数も国境の位置も変わったのだな」

レナルドは二枚の地図を見比べた。

「百年前は戦乱の時代と呼ばれていましたからね」

「我が国はほとんど変わっていないようだが…」

「はい。我がアランブール王国は領土を広げる事はありませんでしたが、減らす事もなく国を守り続けております。代々の王も戦争は好みません」

「その代わり国内での争いは起きているがな」

権力争いに巻き込まれている王子の皮肉めいた言葉に、家庭教師は慌ててある場所を指し示した。


「殿下は〝シエルの悲劇〟を聞いた事はございますか」

「シエル?」

同じように地図を見つめていたイリスの肩がわずかに震えた。


「かつてここにシエル聖王国と呼ばれる国がございました」

昔の地図の、アランブール王国と隣国のサルマント王国の間に挟まれた、小さな土地を示して家庭教師は言った。

「女神ジュノーを信仰する、小国ながらもとても豊かな国でしたが、百年ほど前にサルマント王国に滅ぼされました」

「女神ジュノー…聞いた事があるようなないような…」

「かつては高い信仰を集めておりましたが、シエル聖王国の滅亡と共に忘れられた神のひとりとなりました。…聖王国が滅んだのも、女神の加護を失ったせいだと言われております」

この世界には信仰を集める神が多くいる。

アランブール王国では男神ユーピテルを守護神とし、各地に神殿を作り祭っている。


「神の加護を失えばその民は魔力を失い、土地の力も弱くなる…だったか」

「はい、その事が広がったのもシエル聖王国が滅んだせいです。それまでかの国は生命力に満ち、『七色の空を持つ楽園』と讃えられるほど美しい国と有名だったのですから」

「…これまで神殿での儀式は適当に流していたが、まずかったかな」

「それはいけませんね王子ともあろう方が。これからは心を込めてお務め下さい」

「そうしよう」

小さく笑って答えると、レナルドは隣のイリスが暗い顔をして地図をじっと見つめているのに気づいた。


「イリス?」

名前を呼ばれ、ハッとしたように顔を上げる。

「どうしたの?」

「…いいえ」

レナルドと視線を合わせると首を振って笑顔を見せる。

けれどその瞳には暗い影が宿っていたのをレナルドは見逃さなかった。




「どうしてイリスは夜になると向こうに帰らないとならないんだ」

イリスを離れへ送り届けて戻ってきたクリストファーに、レナルドは非難するような眼差しを向けた。


「殿下には関係のない事です」

「関係ある」

緑色の瞳がじっとクリストファーを見つめる。

「彼女には何か秘密があるのか」

あんな結界だらけの場所に隔離するからには、相応の理由があるはずだ。



「……イリスの魔力は不安定なんですよ」

この数日でレナルドの頑固な性格を知ったクリストファーはため息と共に言った。

「魔力が不安定?」

「我が家が代々魔術師の家というのはご存知ですよね。魔力も他の家より高いのですが、イリスの魔力は特に高い。まだあの子の幼い身体ではその力を持て余してしまうのですよ」

起きている間はいいが、夜眠る間に無意識に魔力を放出してしまう。

本人は眠っているのでコントロール出来ずに周囲の物を壊したり、怪我人を出す事もあったのだ。


「あの離れに結界が張ってあるのはイリスの魔力を封じるためのものです」

「結界ならこの屋敷に張ればいいだろう」

「他の人間がいると結界も不安定になりやすいんです」

「…もしかして夜、イリスはたった一人なのか」

「———そうですね」

あの木々に囲まれたもの寂しい小さな家に、十歳の少女が一人で眠らなければならないとは。


「…あの離れからは出られないのか」

「もう何年かすれば落ち着くだろうと父は言っていますが、今は何とも」

「学園には通えるようになるのか?」

この国の貴族の子息達は十五歳になったら三年間、王都にある学園に通う事を義務づけられている。

「それも今はまだ分かりません」



「僕は、イリスと一緒に学園に通いたい」

呟くようにレナルドは言った。

「…学園だけでなく、卒業した後も…」

「それは認められませんね」

クリストファーはレナルドの言葉を遮った。


「イリスはどこにもやりませんよ」

「…一生か」

「そうです」

「———何故そう言い切る」

貴族として、他家と婚姻を結び血を繋いでいくのは義務の一つのはずだ。

今のイリスには難しいとしても、大人になれば…


「少なくとも王族には渡せませんよ」

そう言い放つと、これ以上は無用だとはばかりにクリストファーは立ち去っていった。

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