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虹の瞳を継ぐ娘  作者: 冬野月子
第4章 西からの風

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09

『今日は保護者付きか』

珍しく、部屋に入るなりユーピテルが声を掛けてきた。


「はい、あの…」

『潮臭い』

ユーピテルはイリスの言葉を遮った。

「え?」

『オーケアノスの末裔と接触したであろう。風に気をつけよと言ったであろう』

「風…潮…」

イリスは先日のユーピテルからの言葉を思い出した。

「あれは王太子殿下の事?」

あの刺激のある臭い、あれが潮の香りだったのか。

海を見た事のないイリスにとってその香りは未知の香りだったが…そういえば海は独特の匂いを持っていると、バーナードから聞いた事がある。


「イリス?何の話をしている」

「あ…ええと…」

訝しげなクリストファーに、イリスは先日のユーピテルの言葉を伝えた。


「———何故それを教えなかった」

クリストファーはその瞳に不快な色を滲ませた。

「…よく意味が分からなかったんだもの」

「お前が分からなくても、神の言葉には必ず意味がある。巫女であるお前がそれを分からないでどうする」

「ごめんなさい…」


『ふ、兄の方はしっかりしておるな』

楽しげなユーピテルの声が聞こえた。

「あ、あの…その事とも関係があるのですが。お聞きしたい事があるのです」

イリスはヘンリクとの事を説明した。



『オーケアノスの娘か。それは誠だ』

話を聞き終えてユーピテルは答えた。

「その方が虹色の瞳だったというのも本当ですか」

『お主らは知らぬか。虹色の瞳を持つのは神と人間の間に生まれた証だ』

「え…?」

ユーピテルの言葉にイリスは目を瞬かせた。


はるか昔。

神と人間の関係は、今よりもっと近かったという。

神の声が聞こえる者も多く、美しい娘や青年が神に見初められる事も珍しくはなかったという。

そして神と人間の間に生まれた子供は、皆虹色の瞳を持っていた。

人間の身体に神の力を宿した彼らは、貴重な存在として王侯貴族達が保護し、自分達の中にその血を取り込もうとしたという。


初代サルマント王と海神オーケアノスの娘が結婚したのは、サルマント王国がオーケアノスに忠誠を誓い、彼を守護神と崇める事への返礼として娘を与えたからだ。

以来、サルマント王家は神の血を継ぐ一族として繁栄していく。


『だが時が経つにつれて神と人の距離は遠くなり、交わる事もなくなっていったのだ』

人間の中に流れた神の血も薄まり、虹色の瞳を持つ者もやがて絶えてしまった。



「ならば…なぜシエルの巫女は虹の瞳を継いでいたのですか」

イリスから話を伝え聞いて、クリストファーが尋ねた。


『巫女は元々、私の娘達だからな』

イリスはクリストファーと顔を見合わせた。

「……巫女が仕える女神ジュノーはユーピテル様の奥様では?」

神と人間の間に生まれる者が虹の瞳を持つならば、巫女達の母親は女神ではないはずだ。


『ジュノーが望んだのだ。あれの言葉を人間に伝える虹の娘が欲しいとな。娘達の母親を選んだのもジュノー自身だ』

イリスはユーピテルの言葉を反芻した。

それは…つまり…?


『人間には分からぬだろうな、神の夫婦関係は』

ふっと息を吐いてユーピテルは言った。




『しかしオーケアノスの末裔に目を付けられたのは厄介だな。あれは代々強い加護を受けて我の力が及びにくい。———巫女よ、欠片を出せ』

「欠片?…これの事でしょうか」

イリスは服の下に入れていたペンダントを取り出した。

それは以前、夢の中で訪れた女神ジュノーの神殿から持ち帰った、女神像の欠片だった。

それを父に頼みペンダントに加工してもらい、お守りとして肌身離さず身につけているのだ。


取り出した欠片が光を帯びた。


「これは…?」

『我の力を込めた。万が一の時に使うと良い』

そう言うと欠片の光は消えていった。

『ああ、ついでに兄の方にも力をやろう』

次の瞬間、クリストファーが強い光に包まれた。


「お兄様!」

「…今のは」

『これでお主も我の声が聞こえるであろう』

クリストファーはハッとした顔で周囲を見渡した。

『お主も我の血を引く者。女神の声は聞こえぬが、こうすれば我とならば言葉を交わす事が出来る』


「———ありがとうございます」

クリストファーは膝を折ると頭を下げた。

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